石けんとのダイアローグ(補稿更新中)       Anri krand くらんど

1.熱帯林と石けんの関係

* 1.熱帯林と石けんの関係

 石けん原料のヤシ油が東南アジアで熱帯林の破壊などの環境問題をかかえているという話がありますが、当否は別として誤解がいくつかあります。

 まずヤシ油の名称ですが、日本でヤシ油といっているのはココヤシCoconut Palmからとる油ココナッツ油coconut oilのことです。日本では古くからポピュラーでヤシといえばココヤシのことでした。藤村の椰子の実もこれです。直径が20cmくらいあり1つの果房に数個から10数個つき、幹はすらっとして優美です。したがって日本名のヤシ油は確立した固有名詞ですが、パーム油との関係からはココヤシ油というのが本来かと思われます。

 日本でパーム油といっているのは、アブラヤシOil Palmからとる油Oil Palm oil、略してパーム油Plm oilのことです。パームPalmは訳すと単にヤシのことですから、先にあったココヤシ油がヤシ油であったためヤシ油とはいえず、英語のパームpalmをそのまま借用したものです。本来はアブラヤシ油とよぶべきかと思います。アブラヤシの実は直径4cmくらいでココヤシよりずっと小さく1つの果房に数100個つき、幹は太くゴツゴツしています

 「ヤシの油」とか「ヤシの実」とかいった場合は、どちらを指すのわかりません。本質的に紛らわしい訳ですから、混同は日常的に起きていて時には不都合なことも発生します。オフィシャルな文書でも混同がみられることがあります。

 近年「ヤシのプランテーションが熱帯林を破壊している」と非難されているのは、内陸にプランテーションがあるマレーシアのパーム油(アブラヤシ油)のことです。海岸沿い(内陸はすくない)にプランテーションがあるフィリピンのヤシ油(ココヤシ油)のことではありません。そして純石けんの原料であるヤシ油は、過去も現在もココヤシ油でありアブラヤシ油ではありません。

 石けんの原料油脂は、伝統的に牛脂(タロー)・ヤシ油(ココヤシ油)のコンビネーションでつくられてきました。脂肪酸組成による溶解性・起泡性、固さと稠度、安定性と保存性などをもとめると、牛脂80%+ヤシ油20%くらいの石けんがベターだったからです。洗濯用石けんには溶解性のためそれに米糠油やダイズ油がプラスされますが、その4種の油脂で正統の石けんのメイン材料が出揃ってしまいます。

 日本ではおよそ1世紀の石けんの歴史がありますが、この間石けんのレシピの基本は変わっていません。アブラヤシから採るパーム油とパーム核油が石けんのレシピに入ってくるのは最近のことですが、それも大手洗剤メーカーが先鞭をつけたもので、純石けんのメーカーの間では現在でもごくわずかというマイナーなものです。

 大手洗剤メーカーの方もきっかけは石けんでなく、脂肪酸誘導体からつくる各種の合成界面活性剤のレシピに、牛脂・ヤシ油の代替油脂としてパーム油・パーム核油を活用したのがはじまりです。

パーム油の脂肪酸組成は牛脂に似て、パーム核油の脂肪酸組成はヤシ油に似ているためですが、1980年代から急速な伸びで市場に出てコストも安価になってきたのが、代替利用に拍車をかけたようです。現在カノーラ油(カナダ産ナタネ油)・ダイズ油に次ぐ第3の油脂の地位についています。

 牛脂代替油脂としてのパーム油はアブラヤシの果皮から採るもので、ヤシ油代替油脂としてのパーム核油はアブラヤシの種から採るものです。性格の違う2種類の油脂が十分に採れる油糧植物というのも珍しいものです。それぞれの脂肪酸組成は以下のようになります。

<ヤシ油とパーム核油、牛脂とパーム油の脂肪酸組成> ------------------------------------------------------------------------ --------カプ-カプ-カプ---ラウ---ミリス-パルミ-ステア-オレ---リノ--リノ --------ロン-リル-リン---リン---チン---チン---リン---イン---ール--レン ---------酸---酸---酸-----酸-----酸-----酸------酸----酸-----酸----酸 ======================================================================== 炭素数---6----8----10-----12-----14-----16----18----18:1----18:2----18:3 ======================================================================== ヤシ油---0.4-7.7---6.2---47.0----18.0---9.5--2.9-----6.9-----0.2------- ------------------------------------------------------------------------ パーム核油-0.1-3.6---3.5---47.3----16.4---9.1--2.3----16.8-----0.3-------- ======================================================================== 牛脂------------------------------4.1--31.0-18.2----41.2-----3.3-------- ------------------------------------------------------------------------ パーム油------------------0.2-----1.1--43.1--4.0----40.7-----9.7-------- ========================================================================

 これら油脂の用途ですが、まず圧倒的に食用(80〜90%)のものです。マーガリン・ショートニング・フライオイルなどが食用油脂の用途の代表ですが、みえなくてもアイスクリーム・ビスケット・クッキー・ケーキ・パン・ポテトチップスなど、食品のコーティングオイルとしてもれなくつかわれているものです。

 洗剤など非食用(工業)の利用は10〜20%で、工業用は脂肪酸とグリセリンに分解されたのち、脂肪酸誘導体(高級アルコール・脂肪酸エステル・脂肪族アミン・脂肪酸アミド・脂肪酸クロリド)として広く活用されます。そしてその脂肪酸誘導体の多くは有機系合成界面活性剤として医薬品・食品・洗剤・香粧品・繊維・製紙・皮革などにつかわれていきます。

 その有機系合成界面活性剤ですが、牛脂・ヤシ油・パーム油・パーム核油から、多種多様な合成洗剤がつくられています。陰イオン系のAS(アルキル硫酸エステル塩)、α-SFE(α-スルフォ脂肪酸エステル塩)、MAP(モノアルキルリン酸塩)、AGS(アシルグルタミン酸塩)、AMT(アシルメチルタウリン塩)、AES(ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩)、陽イオン系の脂肪族アミン塩、脂肪族第4級アンモニウム塩、非イオン系のAE(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)、DEA(脂肪酸アルカノールアミド)などです。

 AE・AES・MAPなどは性能上炭素鎖長がC12のものが優れていて、過半はヤシ油・パーム核油由来のC12ラウリン酸からつくられます。また高級アルコール由来のAS・AE(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)・AESなどは、天然アルコールでなく合成アルコールからもつくられています。石油から合成される合成洗剤は、LAS(直鎖アルキルベンゼンスルフォン酸塩)、AOS(アルファオレフィンスルフォン酸塩)、そして石油由来の合成アルコールからつくられるAS・AE・AESなどです。

 油脂の石けんへの利用はさらにその一部ということになりますが、その一部の大半を占めるのは大手洗剤メーカーの石けんで、牛脂・ヤシ油・パーム油・パーム核油からつくられていますが、近年パーム油・パーム核油の比重は高く、とくに植物性という石けんはパーム油+パーム核油からできています。

 純石けんはもちろん無添加のものですが、大手洗剤・化粧品メーカーのポピュラーな石けんは、高級アルコール・高級脂肪酸・ワセリン・スクワラン・はちみつ・グリセリン・香料などが入った過脂肪石けんです。さらに合成化学物質である保存料・酸化防止剤・金属封鎖材・色素・香料が添加され、純石けん分93%くらいにの石けんです。

 ひるがえって、純石けんメーカーの石けんは、先のように牛脂・ヤシ油・米糠油・ダイズ油からつくられ、パーム油・パーム核油はいまでもマイナーですが、1部浴用固形石けんと洗濯用粉石けんにつかわれている例があります。以外にはオレイン酸系のカノーラ油・ヒマワリ油などが、洗濯用粉石けん・ボディ用液体石けんとして新たに出まわっています。

 米糠油には当面大きな環境側面(負荷の原因)はなく、ダイズ油も遺伝子組み替え作物でなければ負荷もすくないとみられます。牛脂は畜産・飼料にともなう負荷がかかりますが破壊的なものというものではありません。ヤシ油(ココヤシ油)はフィリピンからの輸入ですが、フィリピンのヤシのプランテーションは草創期はともかく近年はシステムとして安定しており、負荷もそう大きくは見積もられません。

 湿地性を好み普通海岸沿いにまたは河川沿いに植えられ、プランテーションも大まかには面でなく線状につくられています。半世紀を経て成熟しているものであり、圧搾法の伝統とともにオリーブの栽培状況に似たところがあります。

 一方アブラヤシはココヤシのように土壌環境をえらばず、もっぱら内陸に生育し面的な栽培が行われるため、巨大なプランテーションが広範に展開されます。パーム油の主要産出輸出国であるマレーシア(とインドネシア)のアブラヤシの内陸プランテーションは近20〜30年のことで、いまなお拡張路線にあり環境負荷は現在進行形のものです。

 国策産業として奨励され、クローンなどバイオ技術と効率的な生産システムが追求され、そのプロセスの延長線上に、サラワクなどで物議をかもしだした熱帯林の破壊があります。

 熱帯林を焼き払いその跡地にプランテーションを展開するために、原住民の強制移住、オランウータンの駆逐、女性労働者の農薬被害、児童労働など社会的な問題がいくつも噴出したものです。現在も片づいていない大規模な地球環境破壊です。

 世界的にみる油脂の生産は、ダイズ油がトップでパーム油・ナタネ油の順ですが、近年、パーム油はダイズ油に急迫し、パーム油・パーム核油をあわせると、すでにダイズ油に拮抗します。日本での輸入も含める油脂供給生産量は、ナタネ油・ダイズ油・パーム油の順で、それぞれ88万トン・71万トン・44万トンくらいです。ヤシ油は3万トンほどにすぎません。パーム油はすでに油脂の主役の1つといっていいものです。注)農林水産省2001年

 トータルでみると、サラワクなど東南アジアの熱帯林を破壊しているのは、石けんでなく、合成界面活性剤が深く関与するほか、それらをはるかに陵駕する膨大な食用油脂の用途が直接の原因です。

 オーセンティックな石けん(純石けん)が、牛脂・ヤシ油・米糠油・ダイズ油をつかっている現状は、結局期せずして環境対応になっているといっていいかと思います。これからも同様で、パーム油は、石けん原料からははずしておいておきたいものです。
 ただ将来もこのままでいいかということになると、かならずしもそうではありません。環境負荷を低減するという考え方の本質は、ポリシー(方針)をもち着地点(目的)を設定するという行為にほかなりません。

 その点からいえば、動物油脂は将来的にも何らか負荷を避けられない面がのこります。たとえば穀物は家畜の飼料に供されたとき肉牛への分の悪い変換が行われることになり、本来の栄養価を大幅に失います。ココヤシも海岸近くの古式のプランテーションとはいえ、今後も環境破壊を起こさないとはいえません。バイオテクノノジーがあらたなココヤシの品種改良を実現しつつあり、ちがった負荷が問題になることもありえます。

 米糠油はとりあえずそれらの気遣いはありません。再利用油脂ともいえる日本特産の独特の油脂で、環境負荷はとりあえず大きくありません。当然ですが日本人の主食である米という1年生穀物であることにアドバンテージがあります。ダイズ油も同様です。ただ過剰な農薬なり遺伝子組換え作物でないことが条件になります。

 ともあれ、石けん原料油脂もまた、「汚染の予防」「地球環境の保全」を標榜するポリシーと着地点をもたなければなりません。米糠油・ダイズ油とおなじように1年生油糧作物からつくる油脂がその現実的な対象になるでしょう。1年生作物は1年間の太陽エネルギーと水とからできています。その年の太陽と水だけでできている作物を利用するのは、どんな場合でも21世紀の目的である循環型の経済社会の構築に寄与することになります。

 この間の事情は、クルマという社会的存在でも同じです。クルマの着地点は数年後には実用化される「水素燃料電池自動車」と思われます。電池といっても従来の電池ではなく、水素吸着合金から容易に電気をとり出してクルマを動かし、水のみを排出します。金属吸着している燃料の水素(陽子)は、そもまま電気(電子)に変換しやすく、電気の貯蔵・運搬も歴史上はじめて現実になります。

 太陽エネルギー・地熱エネルギー・潮汐エネルギーなどから電気、さらに水の電解から水素をつくり水素・電気の相互利用を行うのが理想ですが、当面はメタノール改質方式(メタノールを改質した水素を吸着・補充させながら、水素燃料電池を動かす)が実際的なようです。
 その場合メタノールは1年生草の栽培植物からつくられるべきです。サトウキビのような有望な作物がいくつもあります。1年生草であるべきというのは、先のようにそれが次の年になにも持ち越さない太陽エネルギーと水だけからできている、循環型の究極のものであるからです。

 現状から、1年生草の油糧作物を選べば、ダイズ油・カノーラ油・ヒマワリ油などがセレクトされることになります。とくに洗濯用粉石けんはこれらの選択がベターですが、先のようにダイズ油のものとカノーラ油のものはすでに市場にでています。カノーラ油のものはとくにオレイン酸の含有量が高くオレイン酸粉石けんとしてでています。

 一方で石けんの主流である、牛脂・ヤシ油に変わるべき1年生作物油糧という着地点は、あまり容易ではありません。ヤシ油なみにC8(カプリル酸)・C10(カプリン酸)・C12(ラウリン酸)を多量にふくむ油糧として期待されてきた、cpheaクヘアという作物がありました。組成的に牛脂類似の構成をもつcphea種もあり、永くアメリカで研究がつづけられてきましたが、残念ながら実用化されていません。

<代替油脂クヘアの脂肪酸組成> ------------------------------------------------------------------------ --------カプ-カプ-カプ---ラウ---ミリス-パルミ-ステア-オレ---リノ--リノ --------ロン-リル-リン---リン---チン---チン---リン---イン---ール--レン ---------酸---酸---酸-----酸-----酸-----酸------酸----酸-----酸----酸 ======================================================================== 炭素数---6----8----10-----12-----14-----16----18----18:1----18:2----18:3 ======================================================================== ヤシ油---0.4-7.7---6.2---47.0----18.0---9.5--2.9-----6.9-----0.2------- ------------------------------------------------------------------------ パーム核油-0.1-3.6---3.5---47.3----16.4---9.1--2.3----16.8-----0.3-------- ------------------------------------------------------------------------ クヘアc.elliptica--1.3---48.4----25.8---7.7--1.2-----7.9---- 6.8-------- ======================================================================== 炭素数---6----8----10-----12-----14-----16----18----18:1----18:2----18:3 ======================================================================== 牛脂------------------------------4.1--31.0-18.2----41.2-----3.3-------- ------------------------------------------------------------------------ パーム油------------------0.2-----1.1--43.1--4.0----40.7-----9.7-------- ------------------------------------------------------------------------ クヘアc.utriculosa 0.2----0.8-----0.5--25.4--3.5----26.4----30.7-------- ------------------------------------------------------------------------

 クヘアc.ellipticaとクヘアc.utriculosaの組合せは、牛脂とヤシ油の再現ですが、クヘアが持ち越しとしても、1例ではカノーラ油のヤシ油組成化という品種改良も進められてもいます。そちらのほうが本命かもしれません。

 その一年生植物油脂のさらに先に、おそらく微生物油脂というものがあります。油脂を採取できる微生物の脂肪酸組成は、多様性が特色であるクヘア以上のフレキシビリティをもつとみられます。

 ちなみにリサイクル油脂(廃油)の利用は、膨大な食用油脂のリユース・リサイクルとして、環境のために大きなアドバンテージがあります。したがってリサイクル石けんは大いに推奨されます。ただそれが本命なのではありません。環境のためにするリサイクルは、リサイクルそのものがベストなのではなく、リデュース(削減)ののち、限りなくりユースに近づいていくのがベターであり、本質的な着地点(ベスト)は、マテリアルリサイクルにほかなりません。

 理念において、使用後の食用廃油は、再び食用油脂にリサイクルされるというのが、マテリアルリサイクルの本来です。
 さらにいえば、家庭ではリデュース・リユースの工夫によって、食用廃油をゼロに近づけていくことができるでしょう。家庭でできることが、大量につかう業務用の世界で不可能なはずはありません。それを求めていくことは、リサイクル石けんのそれよりさらに啓発的で前向きなことです。

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