石けん学のすすめ Anri krand くらんど
「バッハの音楽は、音楽でないなにかのような気がする」といった音楽家がいます。音楽でないなにかというのは理解しにくいのですが、臨床心理学の河合隼雄は「人には体と心ともうひとつ魂がある」といっています。この「なにか」はたぶんその魂の部分にふれてくるものをいうでしょう。
バッハの代表作に、無伴奏バイオリンソナタとパルティータがありますが、演奏者に2人分の技術を要求するために、バイオリニストの試金石ともいわれています。それだけに誰もが1度はレコーディングしてみたいと思うようです。有名なパルティータ第2番ニ短調第5楽章のシャコンヌ Ciaccona は長大な曲で、シゲティ Joseph Szigeti は15分56秒かけて弾いています(1959-1960)。バロックバイオリンのポッジャー Rachel Podger は13分36秒で弾いています(1997-1999)。音楽でないような旋律が見え隠れし、聴いていると自分のことでなく誰か他人のことを考えます。此岸と彼岸とがあるとすれば、彼岸を思います。ピアノ曲であるゴールドベルク変奏曲は、自分のために聴くのですが、無伴奏バイオリンはふだんは聴きません。離れていていつもそこにあることを知っているだけです。
指1本触ることすらできない荒んだ少年の心をつかむことのできる音楽があるとしたら(人によって音楽にそんな力があるとしたら)、その音楽は、たとえばこの無伴奏パルティータ第2番のシャコンヌなのではないかと思います。ひょっとしたら無伴奏ソナタ第3番の第1楽章アダージョと第2楽章フーガもそれかもしれません。そういえば私が少年のころ、はじめてシャコンヌを聴いたとき、行儀のいい子どもであった私の耳には、それはただ大仰な雑音としかきこえませんでした。
シャンプーの対象である頭は、髪と頭皮からできています。髪はタンパク質繊維、頭皮は皮膚ですから、シャンプーは、2種類の洗浄対象物を同時に洗うという行為になります。石けんのアドバンテージは、極少の不純物・夾雑物、特異な生分解性、有為な加水分解アルカリのpHですが、皮膚には、その加水分解アルカリの作用がとくに有為であるものの、繊維である髪には万全ではなく、場合によっては弱みにもなります。
そのため、石けんと髪の関係は、親和的から排他的まで、功罪得失がいくつもあり、人によってはトラブルを抱えることがあります。繊維としての髪の性質が、個々人によっても微妙に異なるからです。とはいっても、タンパク質繊維という本質はひとつのものですから、有為な共通点も多々あります。石けんシャンプーとの相性は、石けんの特性ばかりでなく、酸性リンスの内容からも決ってきます。繊維の特性と、シャンプーのメカニズムを知っておくことも有用です。
天然繊維のうち、タンパク質繊維といわれるのは、人の髪と羊毛と絹です。絹は組成が少し異なりますが、髪と羊毛はよく似ていて、繊維の表面から順に、毛表皮 cuticle(キューティクル)、毛皮質 cortex(コルテックス)、毛髄質 medulla(メデューラ)からなっています。とくに毛表皮(キューティクル)は、システィン含有量の多い「硬質ケラチンタンパク質」からできていて、板状のものが、数層重なっています。
酸やアルカリなど化学的な性質ですが、羊毛のそれはよく知られていて、常温の無機酸の影響は、「98%濃硫酸3分処理でわずかに溶解、70%硫酸・65%濃硝酸・35%濃塩酸に不溶」と分析されています。わずか0.1molでpH1になる硫酸・塩酸・硝酸の「高濃度強酸」で侵されないのですから、「弱酸」である酢酸・酒石酸・クエン酸・乳酸などでは、濃度の如何にかかわらずまったく影響をうけません。人間は軟弱な進化を遂げた哺乳類ですが、始源が同じである髪の化学的な性質は、羊毛のそれと変わりありません。クエン酸や醸造酢など弱酸による酸性リンスが有効な理由です。
髪も羊毛も、アルカリには影響をうけ、強アルカリには分解、弱アルカリには膨潤します。石けんはもちろん弱アルカリのものですが、羊毛の場合、膨潤してもそのくらいのアルカリでは、繊維に損傷はなく、中性の合成洗剤より洗い上がりが速くてよいという評価があります。繊維の損傷は機械力の影響がもっとも大といいますから、機械力を減らせる石けんの方が、適しているという見解です。とはいえ現在は便利から合成洗剤がつかわれています。
髪の場合は、洗ってわずか数分で流してしまいますから、これも膨潤しているひまもありません。純度のたかい純石けんは、十分な洗浄力をもちながら、脱脂力には干渉する平衡作用をもっていますから、洗い過ぎることがありません。洗髪料としての、弱アルカリ性純石けんはアドバンテージがあります。また石けん自体は対象に残留しません。残留の起こる可能性は、皮脂および水道水由来の金属石けんで、どちらも水に不溶性のものです。わずかですが、1部、皮脂および石けん由来の遊離脂肪酸もあります。
皮膚上の金属石けんは、皮膚から皮脂が分泌されるとともに分解されていきますが(アルカリ中和能)、髪上の金属石けんはしばしば吸着して残留します。とくに不溶性のパルミチン酸とステアリン酸の金属石けんが主たるものですが、そのために、石けんシャンプーの後、「酸性リンス」というケアを行ないます。
酸性リンスの目的ですが、金属石けんの除去と、アルカリに傾いた髪の中和ならびに柔軟化(櫛通り)のためといわれています。実際はもうひとつ、電荷の中和という作用があり、柔軟化に役立っています。そのメカニズムと意義についてはあまり知られていないようです。
水溶液下の繊維質の多くは、種類を問わず、酸化によるカルボキシル基を生成し(陰性繊維質)、弱いマイナス(負)に帯電しています。髪の成分である硬質ケラチンタンパク質繊維は、アミノ酸からできています。アミノ酸は両性電解質といい、環境のpHによって酸またアルカリに解離する特殊な性質をもっています(両性繊維質)。アミノ基・水酸基・カルボキシル基を内包していて、等電点(解離点/酸・アルカリ境界)以上では、負のカルボキシル基(COOー)を遊離します。等電点以下では、正のアミノ基(NH3+)を解離します。事実上その等電点を境に、髪のマイナス電荷(COO-)が、プラス電荷(NH3+)に転換します。
人の髪の等電点はpH5弱くらいです。羊毛のそれはpH4.78〜4.89です。いずれも全毛髪・全羊毛の数値ですから、全体の10%〜15%を占める毛表皮(キューティクル)は、シスチンなど酸性アミノ酸の含有量が多く、等電点もさらに下がるのではないかとみられます(羊毛の他の数値にもpH4.2〜4.5があります)。
水のpHは7前後、洗剤はどれも中性〜弱アルカリ(pH6〜11)のものですから、とりあえずどんな条件下でも、「洗われているとき」の髪はマイナスに帯電しています。不溶性の金属石けんは、この帯電する繊維と疎水的に結合(疎水性相互作用)します。石けんを洗いながした後でも、水滴を含んだ髪の繊維はまだ同様の状態にあり、水でよくすすいでも落すことは容易でありません。そこで酸性リンスという行為ですが、以上の「環境の状態を180°転換する」という意味をもちます。
弱酸の溶液が髪をつつむとき、酸が十分濃く、周辺全体が等電点のph4当りを下回った時点で、環境はアルカリ性から酸性側に移り、同時に繊維のマイナス帯電がプラス帯電に変わります。カルボキシル基(COO-)に代わる、アミノ基(NH3+)の遊離の始まりです。この反応は瞬時に起こります。弱アルカリの余韻の下にある髪の環境をpH5にするだけでは、ほとんど効果がないと思われますから、pH4〜pH3くらいにする必要があります。pH4〜pH3以下にするのに、pH3にちかい酸性溶液が必要なのはうなずけます。これが酸性リンスの意義と本質です。先のように効果は2つあります。
環境が全面的に酸性化するため、酸の金属封鎖作用が容易に作動するとともに、繊維上の疎水的に吸着している不溶性の金属石けんが解離し洗い流されます。同時に一斉にプラスに帯電した繊維は、隣り合わせる繊維との間にプラス同士の電荷斥力を起しますから、繊維同士の膠着(水中ではくっつき合っています)が容易に解消されます。柔軟化(櫛通りの改善)の具体的な意味です。髪がすべすべになる理由もこれです。この静電斥力は疎水的な結合よりはるかに大きな力です。
伝統的な「髪の中和」という言葉も、「アルカリの中和」だけでなく「電荷の中和」という意味でもとらえれば、そのまま十分通用する表現かとも思います。ちなみにこれらの一連の作用は、ファンデルワールス力・水素結合・疎水性相互作用・静電引力など、いくつもの物理的・化学的な作用の結果です。複雑なこれらの動作がすべて解明されている訳ではありません。
ちなみに合成洗剤は金属石けんを生成しない、またはわずかなかわりに、本体が残留します。これも疎水的結合です。たとえば構造的にシンプルなAS(ラウリル硫酸ナトリウム)では、酸性側で多く、アルカリ側では少な目の吸着残留を起すことが知られています。常時ある程度の残留を起していることになります。 注)石鹸・洗剤の事典(朝倉書店)
本来中性のものですから、対処のすべは少なく、よくすすいでもなかなか洗い流せません。酸性リンスではわずかにとれるかもしれません。髪の場合は困りますが、これを除去するのでなくカバーリングして欠陥を被覆し、外観も美しくみせようというのが、合成リンスの目的です。代表的な合成リンス剤は、カチオン(陽イオン)界面活性剤で、アニオン(陰イオン)界面活性剤に対し、逆性石けんともいわれています。洗濯用柔軟剤も衣類に対して行われるカバーリングで、成分も同じです。
プラスイオンに帯電しながら、先の、中性時にもマイナスに帯電している繊維上に、強く吸着して繊維の帯電も中和し、プラスイオンの安定した環境(電気二重層)をつくります。結果は繊維上にカチオン合成界面活性剤が、1分子層または2分子層できっちりコーティングすることになります。かなり強固な結合です。このオングストローム単位のコーティングが髪の1本1本を、見事にふんわり自由にして、からまることなく美しい髪にします。
酸性リンスのように髪の生態にもとずく静電斥力でなく、外部の環境をつくり換える否応ない静電反発力です。くり返し使っていけば、つねに美麗な髪でいられますが、長期的にみたときゆっくり進行しているかもしれない髪の質的な変化は想像したくないものです。
髪の汚れは、頭皮の皮脂線・汗腺から分泌されるもの、常在菌とその生成物、外部から付着してくる物質などです。皮膚の場合と大差はないのですが、繊維である髪の方がより多種多量の物質を付着させているのは、間違いありません。微生物もその1つです。頭皮の汚れは、髪に隠れている分、外からのものは少ないのですが、皮脂線の数は多く、多量の皮脂が分泌されます。その頭の皮脂は、男女年齢で差があり、また頭皮と髪とで異なります。全体に遊離脂肪酸が多く、髪でその割合はさらに優勢です。
頭皮脂・頭髪(散髪毛)脂の組成(%) N.Nicolaides et.al.,J.Am.Oil Chem.Soc.,33,404(1956) ----------------------------------------------------------------------- 頭皮(男性) 頭皮(女性) 散髪毛(男性) ----------------------------------------------------------------------- 遊離脂肪酸 30.7 23.2 56.1 脂肪酸エステル(油脂) 27.2 38.1 8.4 ロウエステル(ロウ) 21.7 18.0 11.7 ステロールエステル 2.37 2.5 2.33 スクワレン 10.9 7.6 6.8 その他の炭化水素 0.55 0.55 3.7 コレステロール 1.4 1。4 5.24 未同定物質 8.6 13.9 7.1 -----------------------------------------------------------------------
つまり石けんは、角質と脂肪酸と埃と汚れと微生物を、除去する目的のものです。皮膚よりも除去する対象が、質量とも多いことになります。数10秒で洗い流してしまうものですから、石けんそのものは、髪に残留しません。髪を弱アルカリに傾け、1部は金属石けんを生成して付着がありますが、酸性リンスでもとに戻せます。
シャンプーは一般に液体のものと思われています。石けんシャンプーも、やはり液体のもの(液体カリ石けん)と思われていますが、かならずしもそうではなく、固形の石けんシャンプー(固形ソーダ石けん)や粉末の石けんシャンプー(粉末ソーダ石けん)があります。固形の石けんシャンプーといっても、要は、普通の化粧・浴用石けんを、シャンプー用途に微調整したもので、粉末の石けんシャンプーといっても、同様に粉末にしただけのものです。その前提にあるのは、本来、石けんは、1個で身体から頭髪まで洗えてしまうものだという認識です。
けれども髪のような繊維を洗うのは、やはり液体の方がつかいよく、洗いあがりの感触もいいというのが、大勢の感想です。そのため石けんシャンプーの多くは液体で流通しています。合成シャンプーと同様、多量の容器が氾濫することになります。石けんにとっても大きなウィークポイントの1つです。
容器は、いずれもプラスチックボトルと詰替え用のスタンディングパウチの組合せで市場に出ていますが、ボトルやパウチがどれだけ薄く軽量につくられていても、膨大なプラスチックを消費・廃棄している事実はまぬがれません。固形のソーダ石けんのシンプルな包装に1日の長があります。せっかくの石けんが、合成シャンプーと同じ轍を踏んでいいのかという自問が、液体石けんの価値に1末の疑問を投げかけます。
この問題に当面の解決策はありませんが、視点をかえると、液体石けんのもとである、脂肪酸カリウム(カリ石けん)そのものに、指針が存在します。カリ石けんのオリジナルが、本来液体ではなく、「軟石けん」という、透明性ハチミツ様軟膏体のもの(ヤシ油など固体脂のものは、透明性固体)だからです。日本薬局方カリ石けんがその典型で、軟膏体のまま500gの円筒プラスティック容器に入って市場に出ています。ユーザーが精製水で希釈して液体にしてからつかいます。
ふつうの液体石けんは、油脂から水焚法でつくられますが、定法とはちがったところもあり、けん化後の静置の前に、粘性と透明性のために塩化カリ・グリセリンなどを加えて攪袢、精製水で希釈してから、ようやく(冷蔵)静置します。その後濾過して液体石けんにしていますから、水焚法のバリエーションです。直ちに静置して、軟膏体(完成体)に仕上げ、その後、精製水で希釈して液体にすることもあり、そちらの方が正統な古法です。ただユーザーにかわって希釈・液化しているに過ぎず、容器包装とコストは余分にかかったままということになります。
カリ石けんのオリジナルを復興すべきかもしれません。日本薬局方カリ石けんのように、カリ石けん本来の軟膏体のまま流通させまるのが、環境への負荷を軽減することにつながります。それなりの容器は要りますが、ユーザーが1.7〜1.8倍量の精製水に溶いて、適当なボトルに入れ(容量は約3倍になる)、液体石けんとしてつかえば、スタンディングパウチの1/3容量のプラスチックで流通ができることになります。その分、容器素材プラスチックもコストも減量になります。さらに、軟膏状ですから、将来、容器素材を紙製などに換えていくことができれば、抜本的な解決が可能かもしれません。ユーザーの手間を1つ増やすことになりますが、理由を知れば協力も期待できるでしょう。
さて、クリスタル石けんの別名をもつ、透明・軟膏状のカリ石けんは、アマニ油・ダイズ油など沃素価の高い油脂のものが原点のレシピです。日本薬局方のカリ石けんも、最初アマニ油次いでダイズ油が処方されて現在に至っています。その対極に、沃素価のもっとも小さい(けん化価が大きい)ヤシ油からつくるカリ石けんがあり、こちらはもっぱら理容用石けんシャンプーにつかわれてきました。中位脂肪酸をふくみ、全体の仕上りが固くなり、いわゆる「固形カリ石けん」と呼ばれたものです。こちらも透明で、見た目、軟膏体ではなく固形体なのですが、押せば弾力をたもちながら指がめりこんでいく、軟石けんならではの軟らかさをもっています。ただ、主原料に少量ふくむ中位脂肪酸(C6カプロン酸・C8カプリル酸・C10カプリン酸)の刺激性・乾燥性のために、なるべく希釈してつかうことと、ボディー用には適用しないことという伝承があrます。
また、軟石けんは、一応軟膏体・固形体のものですから、酸敗の心配がほとんどありません。これは予想以上に大きなメリットになります。液体の石けんの流通と保管には酸敗の危険があり、リスク回避にためにアルコール・天然ビタミンEなど、酸化防止剤の添加が余儀なくされてます。軟石けんのままなら、そういう添加物も不要です。
伝統の水焚法(半温法)で、油脂から軟石けんのカリ石けんをつくっているメーカーですが、軟膏体のものは、日本薬局方に収載される薬品として、製薬メーカーがつくっているもので、メーカー色はありません。固形体のカリ石けんメーカーは存続し、現在とりあえず2社4銘柄くらいのようです。いずれも創業60〜70数年という老舗のメーカーですが、全国に点在する石けん理容店の支持(業務用)のもとに現在に至ります。一般市場にでているのは理容店用とは少しだけ違ったレシピでつくられ、ヤシ油を主原料とする、固形体)淡黄色・クリスタル(透明)の軟石けんです(たまに硬固形のシャンプーもみかけますが、そちらはソーダ石けんです)。純度については、工業試験センターの分析成分表があり、純石けん分は97%のものと、98.9%のものです。水焚という技術だけでこれだけ純良なカリ石けんをつくるのですから、伝統と技術のたまものといっていいものです。
残念なのは、ヤシ油石けんシャンプーならではの、香料が添加されていることです。そういう意味では99%純石けんのソーダ石けんのような完全無添加ではありません。天然柑橘類であったり、ハッカ油であったりします。どんな石けんもまず無香料であるべきと思いますが、シャンプーに特化した石けんであったために、広く定番的な香料が要求されてきたという経緯もあります。
石けんシャンプーのリンスは、クエン酸リンスが定番で、そのほか醸造酢などが使われています。これらの石けんリンスの目的は、金属石けん(カルシウム石けん・マグネシウム石けん)の分解と、アルカリに傾いた髪の中和(および櫛通り・柔軟化)などで、従来から、弱酸であるクエン酸・乳酸・酢酸・醸造米酢(酢酸)・果実醸造酢(リンゴ酸・クエン酸/リンゴ酸・酒石酸)などが使われてきました。
いずれも希薄水溶液で害のあるものではありませんが、確かめたいときは、「国際化学物質安全性カードICSC(http://www.nihs.go.jp/ICSC)」が的確です。たとえば、「酢酸と乳酸は化学的危険性で中程度の強酸、長期接触では腐蝕性(皮膚炎)の虞」、「乳酸は環境中に放出しないこと」、「酒石酸酸はわずかに腐蝕性」、「クエン酸一水和物は中程度の強酸」などとなっています。無水クエン酸にのみ害の注釈がありません。安全カードにはありませんが、リンゴ酸も安全なものとみられます。
醸造酢ですが、どちらかというと安価な醸造酢はだいたい穀物酢で、クエン酸・リンゴ酸・酢酸が1/3づつでできていますが、純米醸造酢はほとんど酢酸のみからできています。果実からつくるリンゴ酢・柑橘酢などはクエン酸とリンゴ酸、ワインビネガーは酒石酸とリンゴ酸などが成分ですから、リンスに酢を使う場合は果実酢、安価な穀物酢の順に、合理的な選択肢があります。リンスに定番というホワイトビネガーも穀物酢の1つです。純米醸造酢は酢酸が主体といっても、単体の酢酸の性質をそのままもつのではありません。醸造酢や本格純米酢も同様ですから、リンスにつかうのは構いませんが、これは舌で味わって価値あるものでしょう。
つぎにそれら弱酸のpHですが、石けんカス防止とアルカリに傾いた髪の中和のためにどの程度のpHが必要かという点です。通常pH3〜pH4と言われていますが、経験値からくるこの値はそれなりに適正であると思います。pH4より高い値の弱酸は味覚上もすっぱさが感じられなくなりますから、酸としての現実的な意義はpH4よりずっと下にあります。
実効力を求めていくとpH3をどんどん下がっていきますが、pH2に近くなるとすでに強酸であり、酸自体の腐蝕性があらわになります。レモンがpH3〜2です。それらを考えると、基本的にpH3を前後する点、ということになります。
以上を踏まえて、クエン酸リンスの希薄溶液とpHの関係につき、一覧表を掲示します。計算にあたっての定式・条件・作業なども後学のため書いておきます。弱酸の希薄水溶液のpHは、濃度をc、電離度をα、解離定数をKa(クエン酸のKaは0.000745)として、次の2次方程式を解いてαの値を得、
cα^2+KaαーKa=0(cα^2の2は2乗)
さらに[H+]=cαから、pH=ーlog[H+]で求められます。
以上がpHの算式ですが、0.5mol(モル)から0.005molくらいの濃度では、PKa(酸解離定数)をつかって次式から近似値が得られます(大抵はこれで間にあいますが、それ以上の希薄濃度では誤差が大きくなります)。
pH=1/2(pKaーlogCa)
Caはモル濃度(mol/L)のことで、PKaはKaから、PKa=ーlogKaの式であたえられる「酸解離定数」ですが、25℃のクエン酸は3.13、酢酸4.76、酒石酸3.04、乳酸3.86です。
ちなみにKaはクエン酸0.000745、酢酸0.0000175、酒石酸0.000921、乳酸0.000139、です。
日本薬局方のクエン酸ですが、普通品はクエン酸(表示:結晶99.5%)で、これはクエン酸一水和物(分子量210.1、比重1.5)のことです。クエン酸(表示:無水99.5%)は単体(分子量192.1、比重1.665)のものですが、薬局には出まわっていないようですから、計算はクエン酸(結晶)で行っています。また表の2.5L(2500cc)は洗面器1杯の水量相当のことです。注)洗面器(ひさしのあるもの)と湯桶は、いま区別されていません。湯桶を洗面器と言っています。
どちらも3.4L前後のものが普通品です(裏面に表示があります)。これは完全容量ですから、こぼれるくらい目1杯入れても、2.7L(80%)にも達しません。手を入れてこぼれないくらいがふつう「洗面器いっぱい」という感覚で、これでおよそ2.5L(75%)になります。3.1Lほどの小さな湯桶は、自然、2.0L(75%)くらいになってしまうことがありますから、あえてなみなみと入れる必要があります。
FLAPPERS のクエン酸リンス用「原液」は、pH1.7くらいですが、この濃度のまま肌などつかう人はいないでしょうから、この場合の濃度とpHは意味がありません。この原液を洗面器一杯の水に数滴(25cc〜30cc)滴らすと、大体クエン酸3g相当くらいを入れたことになります。 注)「FLAPPERS SOAP」http://nug.nus-net.or.jp/~shino/soap/index.htm
クエン酸一水和物/分子量210.1比重1.5/薬局方クエン酸「結晶99.5%」水溶液pH ------------------------------------------------------------------------ mol/L---pH------質量%/100g------*質量%/2.5L---------*金属封鎖関連------- ------------------------------------------------------------------------ 0.7-----1.648---14.019% 0.6-----1.682---12.077% 0.5-----1.723---10.149%---------<10.714%(60g/500g)*FLAPPERSクエン酸原液> 0.4-----1.772----8.175% 0.3-----1.836----6.173% 0.2-----1.927----4.143% 0.1-----2.082----2.086% 0.01----2.623----0.209% 0.005---2.798----0.105%---------*0.12%(3g/2500cc)*FLAPPERSクエン酸リンス 0.002---3.044----0.042%---------*0.04%(1g/2500cc)*醸造酢(25〜30cc)リンス 0.001---3.246----0.021%---------*0.02%(0.5g/2500cc)*金属封鎖リンス 0.0005--3.465----0.011%---------<0.01%(0.3g/2500cc)*Ca・Mg封鎖クエン酸量> 0.0002--3.785----0.004% 0.0001---4.049----0.002% 0.00005--4.327----0.001% 0.00002--4.710----0.0004% 0.00001---5.006---0.0002%-------<(0.01g/2500cc)*微量Fe・Cu封鎖クエン酸量> 0.000005--5.304---0.0001% 0.000002--5.700---0.00004% 0.000001--6.000---0.00002% ------------------------------------------------------------------------
日本の水道水はまれにみる軟水で、大部をしめる大都市圏で河川の表流水を利用する場合はとくに軟らかく、石けんかすとなるCa++・Mg++の含有量は「CaCO3(分子量100.09)等価換算」で、平均40ppm(40mg/1L)です(ヨーロッパのほとんどとアメリカに1部ではでは300mg/Lという場所もあります)。40mg/Lは0.0005モル相当で、これを封鎖するクエン酸(三塩基)量は、当量の0.0005モルが必要です。質量では0.011%(およそ0.01%)、洗面器1杯(2.5L=2500cc)当りクエン酸0.3gということになります。
洗っている時、頭髪が含んでいる水分はおよそ1Lといい、石けんカスが全量できることはなく、2回洗いするとしても若干増える程度でしょうから、余分にみてもクエン酸の必要量は、理論値の0.3g/2.5Lを大きく上回りません。確実な効果のためという点で、0.5g/2.5Lあたりが適量です。ちなみに洗い流すシャワーの量は、最高でのべ10回分、およそ10Lまでなるといわれています(かなり大量なのです)。環境を考えるなら、意識的にセーブしていくことも必要でしょう。
クエン酸がこれまで3g/2.5L(1.2g/L=0.12%)相当使われてきた理由は、石けんカス防止のためもありますが、皮膚と違ってアルカリ中和能をもたない髪の中和と柔軟化・櫛通りのためが主ということになります。
従来から、クエン酸リンスのスタンダードレシピであった、「3g/2.5L(洗面器1杯)」は、pH2.8相当、一時的にアルカリになったものを中和するためにわずか高めですが、長髪の人に確実な効果を与えるためには妥当です。一方で0.0005ol(0.011%)、クエン酸0.3g/2.5Lが、pH3.46で石けんカスの封鎖当量、確実な適量が0.5g/Lとすると、それ以下の希薄濃度にすることは適当ではありません。クエン酸リンスは必然的に、3g/2.5L(pH2.8)から、1g/2.5L(pH3.0)、0.5g/2.5L(pH3.2)あたりを選択することになります。
醸造酢(果実酢か雑酢)はだいたい濃度4.5%程度のものですから、そのまま洗面器に数滴(25〜30cc)入れると1g相当、pHも3.0程度になります。酢酸がほとんどの純米酢となると、酢酸のpKaは4.76と高いですから、1g/2.5L相当でpHは3.5くらいに上がります。
水道水中の以外の金属、たとえば微量で酸化を促進するCu(銅)・Fe(鉄)などの含有量は、Ca・Mgと一桁違い、合わせても1mg/L相当、これを封鎖するクエン酸量は0.00001モル(およそ0.0002%)、洗面器1杯(2.5L=2500cc)当りクエン酸0.01g=1/100g=10mgという微量になります。
さて、石けんシャンプー後の酸性リンスは、短髪の場合はかならずしも毎回必要でなく、長髪の場合でも、ココナッツオイルなど中級の飽和脂肪酸が多い石けんの場合は、簡単ですみます。常備的につくり置きするなら定番通り、クエン酸リンスがもっともベターな選択です。物性上も安全が保証されています。
ちなみに金属封鎖剤としてよく使われるエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム(エデト酸塩)は、「国際化学物質安全性カード」で「環境に有害の場合がある。水への影響にとくに注意」と明記されている合成物です。要するに化合塩は分解できますが、本体のエデト酸そのものは水に不溶性のもので、河川・沿海の深みに沈殿します。微量だからといって添加が許されていい物質ではありません。
UP NEXT