石けん学のすすめ       Anri krand くらんど

8.粉石けんと洗濯のメカニズム

8-1.洗濯石けん laundry soapsのいろいろ
8-2.粉石けんと助剤、炭酸ナトリウム
8-3.オレイン酸石けんとcmc(臨界ミセル濃度)
8-4.コンパクト粉石けんのモデルレシピ
8-5.粉石けんの「旧」JIS規格
8-6.酸素系漂白剤、過炭酸ナトリウム

* 8-1.洗濯石けん laundry soap のいろいろ

 心と魂が異なるものだという言葉は、言われてみるとちょっとした感慨です。スイスの分析心理学者ユング Jung は、フロイト Freud が意識を意識と無意識を分けたのに対し、無意識をさらに個人的無意識と集合的意識の2つに分けています。集合的意識は個人でなくたとえば人類という共通の基盤で保持している意識のことで、人が過去に体験のない記憶などをもっている現象は、この発現によるといいます。河合隼雄が人には体と心ともうひとつ魂があるといっているのは、この集合的無意識の存在にちかいものを想定しています。

 また直接関係はしないのですが、今西錦司が生物の進化は、個ではなく種の主体性と創造性によるものといっているのは、間接的にその集合的無意識にちかい存在をのべていることになります。

 3者3様の意識の定義を、たとえば「個の意識と群の意識」とにまとめてしまうと理解が容易です。無意識下にある群の意識も、地域(ムラ)、国・民族、世界・人類など数段階あるとしてしまいます。すると魂はその群意識のどこかにあり、魂のなかに心(個人の意識と無意識)があることになります。簡単にいえば、私たちはひとりではありません。回りのみんなと生きています。

 そしてそれぞれみんなに対して責任があります。ちなみに今西錦司は「人間という存在は、死ぬと何も残らないと思いますか」という質問に「そうは思わん」と答えています。20世紀の日本の学問をになう1人であった今西錦司(故人)が思う「存在」とは、いったい何だとあなたは思いますか。

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 石けんを用途から分類すると、大きく化粧石けん toilet soap と洗濯石けん laundry soap に分かれます。化粧石けんは浴用石けん bath soap ともいいます。仕上げの最終工程のちがいによって、機械練石けん milling soap と枠練石けん framed soap に分けられ、それぞれ工夫のちがいで、透明石けん transparent soap、浮石けん floating soap ができます。

 洗濯石けんは形状のちがいから、固形石けん bar soap、麟片石けん soap flakes、粉石けん soap powder に分けられますが、固形と粉が主なもので、現在の JIS 規格にも「固形洗濯石けん」と「粉末洗濯石けん」の2種類が収載されています。フレーク石けん(麟片石けん)は、JIS 規格がありませんが、過去から市場に出ていたものが少ないためです。現在、唯一つくられているのは、東京の老舗の石けん工場のもので、醤油油(本格醸造醤油からの廃油)から、広床法 floor processでつくられる、特長的なフレーク(麟片)石けんです。醤油油石けんといいます。

 さて、固形と粉末とがある洗濯石けんですが、歴史的には、固形のものが洗濯石けんの主流を歩んできました。固形の洗濯石けんが、生産量18万トンというピークを記録したのは1955年のことで、当時、電気洗濯機の普及台数は、やっと50万台というところでした。以降、洗濯機の急速な普及とともに、固形の洗濯石けんは減り、かわって粉末の洗濯石けんが増えていき、洗濯機が150万台をこえた1960年、粉石けんの生産量は、10万トンのピークを記録します。いっとき、粉石けん全盛の時代がくるかのように思われましたが、直後の1961年に市場に出た洗濯用合成洗剤、ABS(側鎖アルキルベンゼンスルフォン酸ナトリウム)の急激な台頭に、圧倒されていきます。

 翌1962年、最強の助剤、STP(トリポリリン酸ナトリウム)と、濯ぎ性改善の消泡剤(石けん)がくわわって、ABS は爆発的に市場を席捲し、そのさらに翌年の1963年、合成洗剤の生産量は、早くも石けんを陵駕してしまいます。あっという間のできごとでした。以降、合成洗剤優位の傾向に歯止めがかからないまま、世紀が変わっています。販売量でみると、現在2000年度の石けん販売量は約12万トン、うち浴用・化粧石けん6.2万トン、粉末洗濯石けん1.8万トン、固形洗濯石けん0.6万トン、手洗い用液体石けん1.9万トン、台所用・その他1.5万トンくらいとなっています。合成洗剤の販売量は、約120万トンくらいで、石けんと合成洗剤の販売量比は、9対91ということになります。(社)日本石鹸洗剤工業会(2000年度)

 ただ統計上、液体洗濯石けんは台所・その他に算入され、手洗い石けんは薬用ハンドソープであったり、浴用・化粧石けんに集計されるもののなかに、家庭用品品質表示法なら複合石けん入れるべきものも入っています。大手メーカー製の化粧石けんはまぎれもなく石けんですが、添加物が多用されていることを考えると、別途に純石けん・無添加石けんの集計が必要になります。

 無添加という点では、洗濯用の粉石けんは、洗濯用粉末合成洗剤ときちんとした比較ができます。2000年の集計で粉末洗濯石けんは1.8万トン、粉末洗濯合成洗剤は53.4万トンですから、石けんは3.3%、合成洗剤は96.7%です。先の石けん対合成洗剤の割合は9%対91%で、身体用洗浄剤(固形石けん・洗顔・ボディーソープ・シャンプー・リンス)の集計に占める固形の浴用・化粧石けんの割合は23.3%対76.7%に及びますが、純石けん・無添加石けん(炭酸ナトリウム粉石けんも適用内)の実質的なシェアは、それでは乖離があり、たとえば洗濯用粉石けんの3.3%辺りが、無添加石けん全体のシェアとして現実的とみられます。

 固形の洗濯石けんと粉末の洗濯石けんの中身を知るために、JIS 規格をみてみます。JIS 規格を参考にするのは、とりあえず、時代ごとに市場に出ている石けん・洗剤の具体的な仕様が分かるからです。数10年の単位で改訂されていますが、旧い時代のものについては、旧い規格を参照することで、時代の趨勢も分かります。ただ、規格の視点は、時の大勢を占める大手メーカーの製品に偏りがちという背景は、頭に入れておく必要があります。

固形洗濯石けん JISーK-3302 1985 ----------------------------------------------------------------------- 無添剤(1種) 添剤入(2種) ------------------------------------------------------------------------ 水分(加熱減量法)% 30以下 33以下 純石けん分% 95以上 72以上 遊離アルカリ% 0.1以下 0.2以下 石油エーテル可溶分 1.5以下 1.5以下 エタノール不要分 2.0以下 25.0以下 ------------------------------------------------------------

 無添剤と添剤入の2種にわかれます。1985年に改正されたものですが、それ以前の1951年〜1985年までの規格では、無添剤のものを第1種、添剤入のものを第2種と呼んでいました、「第1種固形石けん」という表示を、現在も順守している石けんもあります。新規格になっても、無添剤(又は1種)、添剤入(又は2種)と、規格書注意書では明示していますから、旧規格の名残ということでもありません。

 無添剤の洗濯石けんは、マルセル石けんといわれることがあります。伝統のマルセーユ石けんがなまったもので、かって洗濯石けんのうち、羊毛などの洗浄に用いられた、純度が高く不純物・夾雑物も皆無という、高品質の石けんを指していました。

 JIS 規格書は次のような説明をつけています。

 「無添剤は、汚れの比較的少ないもので、いたみやすい素材や繊細で高級な組織をもった繊維製品の洗濯に適している。例えば、絹・麻・毛・アセテート・キュプラなどの繊維製品及び繊維の種類を問わず、うす地のもの、レース地などを洗うのに適している」
 添剤入の方の固形石けんについては、次のような説明がついています。

 「添剤とは石けんの洗浄作用を助長するもので、主として珪酸ナトリウムが用いられる。
 添剤入は、一般に家庭用に市販されているもので、汚れがひどく、しかも繊維をいためるおそれの少ない衣料などの洗濯に適している。例えば。木綿・ポリエステルなどの繊維製品及び下着類の日常洗濯や汚れのひどい作業衣を洗うのに適している」

 無添剤と添剤入の説明については、いくつか捕捉が必要です。それぞれに適合する繊維が記されていますが、洗濯用合成洗剤の場合も、重質洗剤(アルカリ剤添剤)と軽質洗剤(アルカリ無添剤)があり、重質洗剤は、綿・ポリエステル・ナイロン・アクリルのほか、麻・レーヨン・キュプラが適合し、絹・毛・アセテートのみが不適になります。添剤入石けんは重質洗剤、無添剤石けんは軽質洗剤に相当しますから、石けんにおいても、添剤入が適合するものは、綿・ポリエステル・ナイロン・アクリル・麻・レーヨン・キュプラであり、不適になるのは、絹・毛・アセテートです。したがって、無添剤石けんは、絹・毛・アセテートはもちろん、すべての繊維に適合します。

 当面、JIS 規格書のそこのところのみ、修正してみていいかと思います。固形洗濯石けんばかりでなく、粉石けんでも同様です。添剤の珪酸ナトリウムは、別名水ガラスともいい、炭酸ナトリウム Na2CO3のような構造でなく、SiO2・Na2O・xH2O という何種類かの水和物として存在します。さらに珪酸のモル比の違うもの、水和水のモル数が異なるものなど、いろいろな様態もとります。一般的なアルカリ作用のほか、汚れの懸濁作用、金属封鎖、金属の腐蝕防止作用などのアドバンテージがありますが、繊維への損傷は比較的大きく、現在はあまりつかわれません。かわって珪藻土がつかわれることがあります。珪藻土は微生物の残骸が体積したもので、天然に産する含水珪酸(珪酸ゲル)SiO2・xH2Oで、強い付着力も合わせもちます。

 ちなみに、固形石けんに、もっと一般的な炭酸ナトリウムがつかわれないのは、結霜・風化という現象が嫌われるためです。過剰な炭酸ナトリウムが、かんたんに固形石けんの表面に析出する現象のことです。電気洗濯機の時代ですから、固形の洗濯石けんの出番はすくなくなっていますが、衣類のひどい汚れを手洗いするときや、食器洗いの台所用に、そのままつかわれます。

 洗濯石けんと台所石けんは、厚生労働省の管轄下にあるシャンプーや化粧・浴用石けんと違って、経済産業省の管轄下にある家庭用品です。そのため品質表示の内容も、家庭用品品質表示法によります。もともと固形の石けんは、汎用性がありますから、化粧・浴用石けんを台所用に、また逆に台所石けんを化粧・浴用につかったりすることが、日常的に行われます。添加物さえなければ、実用上、区別する必要はありません。

 ちなみに台所石けんという規格は、JIS 規格にはありません。そのかわり、台所用合成洗剤 Synthetic detergent for kitchen の規格があります。総じて、JIS 規格は、石けんが、化粧石けん・固形洗濯石けん・粉末洗濯石けんの3つがあって、台所石けんがなく、合成洗剤は、洗濯用合成洗剤・台所用合成洗剤の2つに分かれて、化粧・浴用合成洗剤の規格がありません。現実の用途に対応してきたものですが、ボディーシャンプーなどの合成洗剤も増えてきている現在、齟齬が目立ってきています。

* 8-2.粉石けんと助剤、炭酸ナトリウム

 洗濯機につかう粉石けんも、無添剤と添剤入の2種があります。JIS 規格ではそれぞれ次ぎのような内容になっています。

粉末洗濯石けん Kー3303 1984 ------------------------------------------------------------------------ 無添剤 添剤入 ------------------------------------------------------------------------ 水分(加熱減量法)% 15以下 25以下 pH値(25℃) 9.0〜11.0 9.0〜11.0 純石けん分% 94以上 50以上 石油エーテル可溶分 1.5以下 0.8以下 エタノール不要分 2.0以下 45以下 洗浄力 ー 指標と同等以上 ------------------------------------------------------------------------ 指標:別記原料製法による

 洗濯石けんは化粧石けんと製造上の違いはありませんが、フレーク石けんと粉石けんは、仕上がった石けん塊を、機械で平たく削ぐか(フレーク石けん)、細かく粉砕する(粉末石けん)かという工程がちがっています。粉石けんはまた、石けん膠を噴出して粉にする噴霧法もあります。コンクリートの床に石けんを流して冷却する、広床法 Floor Process という製法をへて、フレークや粉にしていく方法もあります。

 フレーク石けん・粉石けんは、表面積が大きく、吸湿性を嫌います。そのため窯焚けん化・塩析法では、塩析を強めてなるべくグリセリンを除きますが、脂肪酸中和法であれば、グリセリンがあらかじめ除去されている点、粉石けんのためにはアドバンテージがあります。とはいえ脂肪酸も完全なものは少なく、数%の油脂を含んでいるのがふつうです。そのため過剰の水酸化ナトリウムで中和させますが、対応する数%×10%〜15%、結果、コンマ数%のわずかなグリセリンが残留します。窯焚けん化・塩析法でグリセリンを除去する場合は、極度の仕上塩析で0.5%から痕跡というレベルになりますが、洗濯用の粉石けん・フレーク石けんは、経済から適度の塩析にとどまり、およそ1%から数%の残留があるとみられます。

 さて、助剤の得失ですが、粉石けんの助剤の存在は、失より得が多くなります。生身の身体を洗うのと、からだを覆う衣類を洗うのとでは、本質的なちがいがあります。石けんにあって合成洗剤にない、「加水分解」という作用を、身体は是として、衣類は非とするからです。加水分解を抑制してアルカリ性を高めに固定する助剤は、衣類のために必要になります。溶液のアルカリ化が「助剤」をつかう第一の目的です。その点は石けんも合成洗剤も同じです。それによって洗浄力が確実に向上します。水とアルカリ剤のみでも、それなりの洗浄力がありますから、界面活性剤とアルカリ剤の共存では、相乗的な効果が発揮されます。

 ただ洗浄力向上のメカニズムは、洗浄力の低下をまねく要素を排除することで、本来の能力の発揮につながるという、間接的な側面が主体です。アルカリ剤も、界面活性を妨害する要素を、排除するはたらきをもつものということができます。

 もとと中性である洗濯用合成洗剤がpH11以上を呈するのも、アルカリ剤が添加されてるからです。これを重質洗剤(綿・化繊用)といっています。入れないものを軽質洗剤(中性)といって区別しています。

 合成洗剤につかわれるアルカリ剤は雑多ですが、石けんにつかわれるのは、炭酸ナトリウムです。炭酸ソーダともいいます。略称、炭酸塩ともいいます。また、無水のものを「ソーダ灰」、十水和物(Na2CO3・10H2O)のものを「洗濯ソーダ」と言っています。ちなみに「ナトリウム」が言葉上の正、「ソーダ」が俗ですが、類似のものに「カリウム(正)」と「ポタシュ(俗)」があります。由来するラテンとアングロサクソンの相違ですが、慣用されているのはこの2つくらいです。

 「洗濯ソーダ」の意味は、伝統のランドリー(クリーニング)の第1工程がそうであるように、石けん抜きで単独でつかわれる「アルカリ洗浄剤」という意味です。水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)ほどではありませんが、強アルカリの部類に入ります。汗由来の塩分を含む水分と炭水化物、皮膚由来のタンパク質などは、アルカリ洗浄のみでかなりのものが落ち、脂質はほとんど落ちません。

 助剤は、本来単独では対象に悪影響を与えず、洗浄剤とあわされたときのみ、なんらか影響を発現するものです。例えば木綿繊維の損傷(強靱性の減量)は、石けんのみの場合は0%、炭酸ソーダのみ0%、珪酸ソーダ(水カラス)のみは1%ですが、石けん+炭酸ソーダの場合は6〜10%、石けん+珪酸ソーダは12%の劣化があるというデータがあります。 注)「石鹸製造化学」ロシュデストウェンスキー等(1933)

 炭酸ナトリウムの添加は、洗濯すすぎが苦しくなるともいい、間接的な手荒れの心配もわずかながらあり、キレート作用でできる不溶性の炭酸カルシウム(石灰)は、洗濯物と洗濯機に付着、グレーイング(灰色化)を起こすともいいます。他方、炭酸ナトリウムの50%〜20%の粉石けんへの添加は、確実に石けんの洗浄力を高め、洗濯物など酸性物質で活性を落すという、化粧・浴用では利点ですが、洗濯用石けんでは欠点になる性質(加水分解作用)を、補填するはたらきをします。相対的に石けんの容量をおさえることにつながり、排水時の負荷もそれなりに削減できます。洗浄力を維持したままでコストの低減ができるのも強みです。コスト減は、そのまま環境負荷の低減につながります。

 それぞれ得失がありますが、大勢は助剤を肯定する立場です。否定する側が少数派です。中途半端では効果があらわれませんから、石けん・助剤半々から、60:40、70:30、80:20くらいのものになっています。ただもっとも大事なのは、石けんとの比率でなく、溶液pHと関係する絶対量(濃度)です。標準使用量は、割合に応じて、純石けんと同じ35g/30L〜45g/30Lくらいですから、濃度では、全体の0.1%〜0.13%相当、うち純石けん分が0.05%〜0.06%濃度になります。

 石けんのなかで粉石けんはもっとも多量に使われる日常品です。圧倒的な合成洗剤との比較上も、できるだけ少量で洗浄力をもつ粉石けんが、安定的かつ低廉に供給されるべきものです。

 ただ、そのために石けんの品質が低下することはあってはなりません。過去、石けんが世の主流であった半世紀以前の時代に、過当競争のために粗悪な石けんが競ってつくられたことがあります。勢い助剤が8〜9割を超えていき、極端なものは石けんが5%しか含まれていないものさえ出現したことがあります。さすがに粉石けんとはいえず、「洗濯粉」と呼ばれました。

 旧い JIS 規格では、粉石けんを1号・2号・3号と分け、1号は無添剤、2号は助剤30%以下、3号は助剤55%以下のものとされていました。2号品・3号品が洗濯につかわれたもので、1号品は贅沢を理由に洗濯には利用されず、「石けん末 powderd soap」と呼ばれ、もっぱら髭剃り用・薬用・歯磨粉用に供されました。

* 8-3.オレイン酸石けんとcmc(臨界ミセル濃度

 現在、洗濯用の無添加粉石けんの標準使用量は30〜35g/30L、炭酸ナトリウム入の粉石けんは40g〜45g/30Lで、洗濯用合成洗剤のそれは、多いもので25g/30L、少ないものは15g/30L、多くは20g/30Lくらいになっています。
 この粉石けんの標準使用量ですが、理論上の適正値を求めておきます。合成洗剤なみのコンパクト化まではいかなくても、中庸のコンパクト化の可能性を準備しておくためです。

 石けんが洗浄力を発揮するには、必要十分(最少限)で過不足がない条件があります。cmc(critical micelle concentration=臨界ミセル濃度)がそれですが、「溶解性・分散性・界面吸着・界面張力低下力」と、これにともなう「洗浄力」が発現する絶対濃度のことで、これ以下では界面活性が起らず、以上でも活性は上がりません。
 すべての界面活性剤に共通するものですが、脂肪酸アルカリ塩である石けんの場合、cmcは論理値があり、次の式で計算でき、実測値ときわめてよく合致することが分かっています。

logcmc=AーBN

 Nは脂肪酸の炭素数、AとBは脂肪酸の定数で、A=1.92、B=0.29です。以下の表が計算結果です。不飽和脂肪酸の存在は、不飽和基1つにつきcmcは2倍に増えます。

≪脂肪酸ナトリウムのcmc(molおよび%濃度)≫ ----------------------------------------------------------------------- 炭素数--分子式------分子量--Na塩分子量--cmc/mol数---%濃度----脂肪酸 ----------------------------------------------------------------------- C12----C12H24O2-----200.3-----222.3------0.0275-----0.612---ラウリン酸 C14----C14H28O2-----228.4-----250.4------0.0072-----0.181---ミリスチン酸 C16----C16H32O2-----256.4-----278.4------0.0019-----0.054---パルミチン酸 C18----C18H36O2-----284.5-----306.5------0.0005-----0.015---ステアリン酸 C18:1--C18H34O2-----282.5-----304.5------0.0010-----0.030---オレイン酸 C18:2--C18H32O2-----280.5-----302.5------0.0020-----0.060---リノール酸 ------------------------------------------------------------------------

 ちなみにステアリン酸Na の cmc実測値は0.00045mol/L、0.014%、オレイン酸Naのcmc実測値は0.001mol/L、0.03%ですから、理論値との整合性は高いものがあります。また cmcは一定の濃度の巾をもっているとみられますが、理論値はその高めのレベル上に合致します。
 ところで以上の cmcは、石けんの水への溶解があってはじめて起こります。石けんの脂肪酸の融点もしくは凝固点をクラフト点といい、クラフト点をこえなければ cmcも発現しません。cmcをつかうときの条件ということになります。脂肪酸別のクラフト点は、次の表のようになります。

≪脂肪酸ナトリウムの融点と凝固点(クラフト点)≫ ------------------------------------------------- 炭素数 融点℃ 凝固点℃ ------------------------------------------------- ラウリン酸 44.2 43.8 ミリスチン酸 54.4 53.8 パルミチン酸 62.9 62.4 ステアリン酸 69.6 69.4 オレイン酸 13.4 13.4 リノール酸 -5.1 -5.1 -------------------------------------------------

 適切な cmcという点から、標準使用量を極小にする粉石けんは、常温で溶解できるオレイン酸が基本ということになります。それに洗浄力の向上のため、適量の炭酸ナトリウムが要ります。
 ちなみに現在の洗濯用合成洗剤の cmcは、スルホン酸塩のオレフィン系(AOS)・アルキルベンゼン系(LAS)の洗剤で、やはり0.02〜0.03%くらいのものです。界面活性剤分が30L当り6〜9g、純度40%として15〜22.5g相当が標準使用量になります。現在市場にある合成洗剤の30L当り使用料が、かさとして大体15〜25gくらいである理由です。

 cmcが最も小さい合成洗剤は、非イオンエーテル系(AE)のポリオキシエチレンアルキルエーテル(0.01%以下)ですが、コンパクト洗濯洗剤につかわれると、ちょうど15g/30Lの使用量になります。
 界面活性剤は、21%相当含有、15g×0.21/30000=0.000105(0.01%)となり、0.01%の濃度が、非イオン界面活性剤ポリオキシエチレンアルキルエーテルのcmcにほかなりません。残余の60〜80%相当のかさは、水分15%相当と、金属封鎖剤兼分散剤のゼオライト、中性の液のpHをあえて上げるためのアルカリ剤(珪酸塩)、酵素、蛍光増白剤などです。合成洗剤揺籃の時代には、合成洗剤自体、悪名高い「ポリリン酸ナトリウム」と、増量剤を兼ねる助剤「ボウ硝(硫酸ソーダ十水和物)」とでかさあげされていて、標準使用料も45g/30L相当でした。

 その後に増量剤を止め、25g/30L、20g/30L、15g/30Lとコンパクト化していきました。単に増量添加物を減らしていったのに過ぎませんが、cmcとcwc(臨界洗濯濃度)はまったく一致しています。

 合成洗剤と石けんとにcmcの挙動上の相違はありません。洗浄力も石けんの方が高いものです。すると現状の粉石けんの標準使用量、cwcがcmcの数倍という設定は、いくばくか過剰とみられます。浴比、すなわち洗濯機に入れる衣料のL当りkg数は、25対1〜30対1くらいですから、30Lの洗濯機ですと、1.2kg〜1kgの洗濯物を入れることになります。ワイシャツ・Tシャツが5〜6枚相当分です。

 その30Lの液中に、おしなべて石けんがcmcの濃度で存在し、すべての洗濯物との界面に濡れていく訳ですから、石けんによる洗浄は過不足なく行われます。また洗濯機による洗濯は、水による予洗いもふくめ、機械的な力がつよく働きますから、汚れのとれる条件はさらに向上しています。石けんの弱点という、酸性物質や硬水への敏感さ(活性力の低下)やすすぎのしにくさなどを考慮しても、余分な消費量分を考慮したり、cmc以上の濃度(絶対量)を必要とする理由は、理論上はありません。

 一方、実際値 cwcは、現在、粉石けんのメーカの多くが、標準使用量「0.1%cwc濃度」を守っているようです。助剤を添加する場合は使用量が上がりますが、それは添加分が増えるためですから、助剤添加の有無にかかわりなく、粉石けんメーカーはそろって0.1%濃度を順守していることになります。
 これらの前提の1つに「石けんは泡立ててつかうもの」という伝統があります。これは、石けんで身体を洗ったりシャンプーしたりするときも、洗濯をするときも同様です。泡がたいせつな指標です。泡立ててつかうことが、洗浄力をみる基準にもなっています。もっとも泡立った時には、容積が膨れ上がっていますから、そのときの石けんの濃度はあっという間に希薄になっています。

 一方で、cmcと起泡力の発現には、ずれがあります。cmcは界面活性剤の洗浄力・分散力・吸着力など、すべての性質をその絶対濃度で発現するものですが、もともと起泡力とは連動していません。石けんの起泡力は cmcにかなり遅れ、濃度0.1%で計測可能となり、0.2%濃度で泡数の最高値を発現し、それ以上は泡容を大きくしますが、泡数は減じていって1%濃度で最低になります。いわば臨界起泡濃度が0.2%ということになります。石けんの標準使用量は、cmcと気泡濃度とのずれの勘案から決まることになります。

* 8-4.コンパクト粉石けんのモデルレシピ

 石けんの有為な特性は、希薄水溶液下での加水分解、ならびに液性のpH8.5〜10.5という弱アルカリ性ですが、皮膚にはアドバンテージであるこの作用は、衣類の洗浄のためには、活性力の不断の失活という、本質的な不都合があります。そのためアルカリ剤を添加して、失活を防ぎますが、液性が適度のpHに強制的にセットされることで、洗浄力は一転、ハイレベルで安定します、

 洗濯用の粉石けんに、炭酸ナトリウムなど助剤が添加される理由ですが、助剤の入る分、全体の使用量のうち、石けんの占める割合が減ります。洗浄力の向上と使用量の減少、この2つのテーゼが、洗濯用の粉石けんのレシピの、必須不可欠な条件になります。

 それぞれ指標があります。使用量のための指標は、オレイン酸ナトリウムの「cmc臨界ミセル濃度0.03%」です。洗浄力のための指標は、炭酸ナトリウムの「臨界pH濃度0.02%)」です。どちらもそれ以上では洗浄力は上がらず、以下では洗浄力を維持できない、という意味で「臨界」ですが、有為なレシピのためには、それが過不足なく活かされなければなりません。ひるがえって、現在、洗濯用の無添加粉石けんの標準使用量は、30〜35g/30L、炭酸ナトリウム入の粉石けんは40g〜45g/30Lです。一方、洗濯用合成洗剤は、普通アルカリ剤が入って、多いものが25g/30L、少ないものが15g/30L、平均は20g/30Lくらいになっています。

 石けんの標準使用量が、合成洗剤より大きい理由ですが、洗浄力を発揮するcmc(臨界ミセル濃度)が、石けんでは高く、合成洗剤では低いためと説明されます。たさこれは、非イオン系合成洗剤との比較ではそうでも、陰イオン系洗剤ではそうではありません。

 モデルの作成のために「コンパクト粉石けん」のレシピを試みます。アプローチがいくつかあり、cmcのためばかりでなく、効率のいい洗浄力を実現するために、組成的な検討も必要になります。油脂からなら、オレイン酸の含有量が60%を超えるシードオイル、たとえばハイオレイック(高オレイン酸)ヒマワリ油・ローエルシンナタネ油などを選ぶべきですが、表面積が大きい粉石けんは、吸湿性を嫌いますから、グリセリンも夾雑物になりかねません。それなら、脂肪酸から、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)で焚くのがよりベターです。脂肪酸はオレイン酸を主体に、ステアリン酸をくわえます。できあがった粉石けんから水分をさしひいた純石けん分に対し、適量の炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ)を混合します。

 単純に割合の問題ではありません。cmcと同様、炭酸ナトリウムには「臨界pH濃度」というべきものがあります。「ph10.7」がそれです。それ以下でも以上でも、洗浄力は斬減するというターニングポイントです。それに要する炭酸ナトリウム溶液は、0.002mol、0.02%4%くらいです。硫酸ナトリウム・珪酸ナトリウムなどの助剤は、吸湿のおそれや繊維を痛めるおそれがあるため入れません。添加剤は炭酸ナトリウムのみとします。以上のレシピの粉石けんですが、参考にできる好例があります。

 JISーKー3303粉末洗濯石けん、およびJIS-K3304石けん試験法に付属する「洗浄力判定用指標粉末洗濯石けん」のレシピです。石けんの洗浄力は、この指標石けんと比較試験の上評価されますので、指標たるべき確かな洗浄力をもっています。

JISーKー3303「洗浄力判定用指標粉末洗濯石けんの調製」 ----------------------------------------------------------------  オレイン酸、ステアリン酸及びパルミチン酸を質量比で6:2:2の割合に混合し、 温浴中で均一に溶解させて混合脂肪酸とし、その一部を取って中和価を測定 して、中和に要する水酸化ナトリウムの量をあらかじめ求めておく。 次に、温浴中で溶解した混合脂肪酸を、これの中和に要する水酸化ナトリウ ムの20%溶液中に徐々に加え、温浴中でよくかき混ぜながら中和し、そのまま 引き続き2〜3時間かき混ぜた後、遊離アルカリが0.1%以下になるように調整す る。このものの純石けん分を5.4(石けん試験方法)により測定する。  このようにして選られた石けん(純石けん分換算)、炭酸ナトリウム及び硫酸 ナトリウムを質量比で5:2:3の割合に混合し、温浴中で加熱溶解しながらこれを よく練り合わせた後、磁製蒸発皿に移して、80〜90℃の乾燥器で乾燥する。  つぎに、乳鉢及び乳棒を用いて粉末にし、すべての粉末がふるいに通過する ような粒径にして、デシケーター中に保存し、洗浄力判定用指標粉末洗濯石け んとする。  塩化カルシウム二水和物118.0mg、塩化マグネシウム六水和物54.4mgを量り 取り、水に溶解して1lとする。 上記粉末洗濯石けんは、5.1.2(石けん試験方法)によって水分を測定し、無水 物に換算して1.0gを量り取り、50℃の水500mlに溶解した後、30℃に放冷し、 上記の使用水500ml加えて1lとする。 すすぎ水用使用水は、塩化カルシウム二水和物59.0g、塩化マグネシウム六 水和物27.2gを量り取り、水に溶解して1lとする。 -----------------------------------------------------------------

 この指標粉石けんの水分を15%とすると、1g/0.75=1.17、1.17×30l=35.1gで、標準使用量は35g/30lとなります。純石けん分濃度は、0.5g/l=0.05%でつかっていることになります。この0.05%濃度が、該当石けんのcmcもしくはcmc+αということになります。ちなみにこの場合、炭酸ナトリウムの溶液は、0.5g×2/5=0.22g/L(0.022%)で使用していることになります。炭酸ナトリウムの0.022%という濃度は、0.002mol(0.021%)、25℃の純炭酸ナトリウム水溶液のpH10.7(pH10.726)を示す濃度です。

 純石けん分濃度は、0.5g/l=0.05%でつかっていることになりますが、内訳はオレイン酸ナトリウム60%、ステアリン酸ナトリウム20%、パルミチン酸ナトリウム20%という組成で、ステアリン酸ナトリウムとパルミチン酸ナトリウムはタイターが高く、常温25℃あたりでは溶解しにくく、オレイン酸ナトリウムの0.5g×0.6=0.3g/L、0.03%濃度をベースとしてつかっていることになります。0.03%はオレイン酸ナトリウムのcmcにほかなりません。
 また、洗浄試験の溶液ですが、「塩化カルシウム二水和物118.0mg、塩化マグネシウム六水和物54.4mgを量り取り、水に溶解して1lとする」ものは、後で倍量に薄められますから、すすぎ水用使用水の「塩化カルシウム二水和物59.0g、塩化マグネシウム六水和物27.2gを量り取り、水に溶解して1lとする」ものが、実際の洗浄試験につかわれる溶液です。

 炭酸カルシウムCaCO3ppm換算で、52.6ppm、硬度52.6のものです。日本の水道水は、ほぼ10ppm〜60ppmの軟水ですから、平均的な環境が想定されていることになります。ちなみに合成洗剤の洗浄力試験につかわれる溶液は、90.6ppm、硬度90.6のものです。さて本題ですが、この指標石けんレシピをできるだけ圧縮し、更改することで、コンパクト粉石けんのレシピを作成します。

 まず、指標石けんの、オレイン酸60・ステアリン酸20・パルミチン酸20という組成は、主体が、オレイン酸ナトリウムで構成されるとみなせます。他の0.4gのステアリン酸・パルミチン酸は、常温では相乗的、補助的な役割をもつとみなせます。厳密には、市場のオレイン酸はオレイン酸のみでなく、いくらか固体脂肪酸をふくみます。ステアリン酸もパルミチン酸と液体脂肪酸をふくみ、パルミチン酸もステアリン酸と液体脂肪酸をふくみます。純粋でないものが互いに共存することで、結果的には、オレイン酸の論理値が再構成され、cmcの計算が成り立ちます。

 また、炭酸ナトリウムの存在は、そのナトリウムイオンによる、液中の加水分解アルカリを抑制し、オレイン酸ナトリウムのcmcを、わずかながら低下させます。また、脂肪酸由来の酸性汚れをけん化して、あらたな石けんをつくります。この加水分解の抑制と石けんの補充が、石けんと上水のカルシウム・マグネシウムとの金属石けん生成を、間接的に抑制します。さらに、抑制にともない、カルシウム・マグネシウムは、優先的に遊離炭酸と化合し、炭酸カルシウム・炭酸マグネシウムを生成して、沈殿します。炭酸ナトリウムが、本来キレート剤(金属封鎖剤)ではないのにもかかわらず、キレート剤同様、事実上金属石けんの生成を抑制する理由です。

 コンパクト粉石けんのレシピは、指標石けんとおなじくオレイン酸0.3gを、そのまま主成分とし、相乗と補助の効果のために、最少限必要な固体脂肪酸として、ステアリン酸のみを、オレイン酸8に対し2の割合で混合することにします。0.3gのオレイン酸+0.75gのステアリン酸です。ちなみにこの8対2の組合せは、往時、脂肪酸石けんの黄金比率といわれたもので、2成分石けんでは最上の洗浄力が発揮されます。

 常温でのステアリン酸は、cmcの計算には入れませんが、共存により共融点が下がり、ステアリン酸ナトリウムの溶解も起こり、cmcの低下もおこります。まとめると、オレイン酸石けんのみでcmc0.03%を確保するグラム数は、0.3g/L、石けん全体のグラム数は、ステアリン酸石けん(0.075g/L)とあわせて、合計0.375g/Lとなります。炭酸ナトリウムは、指標石けんの0.02%、0.2g/Lをそのままとります。0.002mol、25℃の純炭酸ナトリウム水溶液は、pH10.7(pH10.726)を呈しますが、これが洗浄力を発揮する理想的なpH濃度です。

 指標石けんの水分ですが、15%相当で計算しているため、標準使用量が35g/Lになっています。水分25%の場合は40g/Lになります。粉石けんの水分は、ふつう無添剤では7%〜15%、添剤入では10%〜25%くらいになります。添剤入の場合、添剤の%によっても水分が異なり、30%以下で10%、55%以下で25%というところです。

 コンパクト粉石けんのレシピでは、助剤は炭酸ナトリウムのみで、その濃度は0.02%、0.2g/Lとします。これは、石けん全体の35%に相当しますから、水分は、10%〜15%相当くらいに落ちつきます。平均12%で計算すると、レシピは以下のような仕様になり、標準使用量は、20g/30L(19.59g/30L)になります。

コンパクト粉石けんモデルレシピ ----------------------------------------------------- オレイン酸 300g ステアリン酸 75g 水酸化ナトリウム 53.2g 炭酸ナトリウム 200g 計 628g ----------------------------------------------------- コンパクト粉石けん分析例 ----------------------------------------------------- オレイン酸ナトリウム 0.03% 0.3g/L (0.8) ステアリン酸ナトリウム 0.0075% 0.075g/L (0.2) 計 0.0375% 0.375g/L (65) 炭酸ナトリウム 0.02% 0.2g/L (35) 大計 0.0575% 0.575g/L (0.88) 水分 0.0083% 0.083g/L (0.12) 大大計 0.0653% 0.653g/L *標準使用量 ×30=19.59=20g/30L -----------------------------------------------------

 このレシピによる粉石けんですが、指標石けんに準じる洗浄力をもちます。泡立ちは落ちます。洗浄力が発揮するcmc(臨界ミセル濃度)からすると、十分な泡はその2倍くらいの濃度で発現します。また、対象となる繊維ですが、JISーKー3303「粉末洗濯石けん」には、木綿・ポリエステル・ナイロンのみ規定され、その他は不適ですが、誤認です。麻・レーヨン・キュプラの特性は、綿に準ずるものです。したがって、pH10.7のコンパクト粉石けんのレシピは、綿・麻・レーヨン・キュプラ・ナイロン・ポリエステル・アクリルの洗濯に適合します。毛・絹・アセテートのみが不適になります。

 これは、家庭用品品質表示法と整合するもので、アルカリ剤の添加により(本来中性)、規定「pH11以下」となっているJISーKー3371「洗濯用合成洗剤」の、第1種(陰イオン系)、第2種(非イオン系)の対象繊維に該当するものです。レシピのコンパクト粉石けんは、pH10.7のものですから、それらより若干、繊維への損傷がすくなくなります。

 ちなみに繊維への損傷ですが、界面活性剤もアルカリ剤も、単独で使用するあいだは、とくになにかの影響をあたえることがありません。石けんも同様です。界面活性剤とアルカリ剤が混在する時のみ、わずかな強靱性の減退が認められ、その度合は、洗浄力およびpHに依存するとみられます。
 河川への排出など環境負荷の面からみるとき、石けんは、BOD(20℃5日間の生物化学的酸素要求量)が、合成洗剤の5.5倍、COD(化学的酸素要求量=過マンガン酸カリウム100℃30分間反応数値)5.8倍に上ります。ただ、石けんはただちに(時間単位で)分解されるものです。すすぎの洗濯機中に薄められた1000ppmくらいの石けんは、排出時に10ppmくらいに希釈されて河川中に排出されます。そして、「10℃〜40℃・20ppm以下」の石けんは、すみやかに100%究極分解されることが分かっています。24時間を要しません。

 石けんに近い生分解性をもつ合成洗剤もありますが、100%究極分解されるのでなければ、当然のことながら確実な負荷がかかります。炭酸ガスと水に分解するものと、水系に微量にしろエチレン基やベンゼン核が残留するものとを、単純比較はできません。問題になるのは、たとえば7日で90%生分解するLASの、残余の10%の所在です。河川の低質及び海域に滞留し蓄積するかもしれない物質の去就は、無条件に許容することはできません。

 ひるがえって、100%究極分解する石けんでも、有機汚濁の指標であるBODの増大は、河川中の清水の指標であるDO(溶存酸素濃度)の低減をまねきます。生活雑排水の一部である、洗濯排水の質と量も、日々問われなければなりません。大量につかわれるのものは、システム全体で環境負荷がかかります。石けんもまた、無為に大量消費されていいものではありません。合成洗剤に比肩する、コンパクト粉石けんが勘案される理由です。

 コストは結構ネックになります。牛脂・パーム油・ヤシ油などの原料にくらべ、脂肪酸のg単位で1.5倍〜2倍相当の差異があります。総重量原価が2倍ちかくですから、標準使用量1回分40g/30Lが、20g/30Lになっても、1回分の原価コストはかわらず、g単価は高くなります。当面、ユーザーコストも、トータルではわずかに下がるだけになります。ただ環境へ排出する脂肪酸ナトリウムの絶対量は、確実に1/2以下になります。

* 8-5.粉石けんの「旧」JIS規格

 参考までに、以下、現行(1984〜現在)、前代(1969〜1984)、前々代(1951〜1969)の、JISの粉石けんの規格Kー3303を載せておきます。

粉末洗濯石けん Kー3303/現行(1984〜現在) ------------------------------------------------------------------------ 無添剤 添剤入 ------------------------------------------------------------------------ 水分(加熱減量法)% 15以下 25以下 pH値(25℃) 9.0〜11.0 9.0〜11.0 純石けん分% 94以上 50以上 石油エーテル可溶分 1.5以下 0.8以下 エタノール不溶分 2.0以下 45以下 洗浄力 - 指標と同等以上 ------------------------------------------------------------------------ 指標:上記原料製法による 粉末洗たくせっけん Kー3303/前代(1969〜1984) ------------------------------------------------------------------------ 無添剤 添剤入 ------------------------------------------------------------------------ 水分(加熱減量法)% 7以下 25以下 pH値(25℃) 9.0〜11.0 9.0〜11.0 純石けん分% 94以上 50以上 遊離アルカリ% 0.1以下 0.3以上 中性脂肪 0.5以下 0.5以下 アルコール不溶分% 2.0以下 45以下 水不溶分% 0.2以下 1.0以下 ------------------------------------------------------------------------ 粉末洗濯石鹸 Kー3303/前々代(1951〜1969) ------------------------------------------------------------------------ 1号(無添剤) 2号(添剤入) 3号(添剤入) ------------------------------------------------------------------------ 水分(加熱減量法)% 7以下 10以下 25以下 純石鹸分% 94以上 65以上 40以上 遊離アルカリ% 0.1以下 0.1以下 0.2以上 中性脂肪 0.5以下 0.5以下 0.5以下 アルコール不溶性分% 2.0以下 30.0以下 55以下 水不溶性分% 0.2以下 0.4以下 0.45以下 比表面張力0.25%40℃ 0.39以下 0.4以下 0.45以下 比界面張力0.25%40℃ 0.23以下 0.23以下 0.25以下 ------------------------------------------------------------------------

* 8-6.酸素系漂白剤、過炭酸ナトリウム

 石けんをつかっていて困るのは、綿など生なりの繊維のグレーイング(灰色化)です。生なりのよさもありますが、黒ずむくらいだとなんとか漂白をかけたいと思うのは仕方ありません。塩素系の漂白剤は、身体へのハザード(被危険性)だけでなく、水質汚濁の契機にもなります。酸素系のものは、過酸化水素系のものですが、過酸化水素そのものは、日常的に扱うのは少なからず危険もともないます。安全で便利なのは、過酸化水素系の化学物質ですが、過炭酸ナトリウムと過ホウ酸ナトリウムがあり、過炭酸ナトリウムが一般的で、コスト面でも有利です。

 2Na2CO3・3H2O2、というのが過炭酸ナトリウムの化学式で、正確には「過炭酸」物質ではなく、「炭酸ナトリウム過酸化水素化物」で、炭酸ナトリウムに過酸化水素が水和しているものです。水溶液下ではまず、Na2CO3とH2O2が分離しますが、NaCO3はNa2++とCO3--を解離し、さらにCO3--は、加水分解して炭酸水素イオンHCO3-と水酸化物イオンOH-を遊離し、溶液をアルカリ性にします。

Na2CO3 = Na2++ + CO3--
CO3-- +H2O = HCO3- + OH-

 過酸化水素は次のように解離して、生成したHO2-により漂白が行われます。

H2O2 = H+ + HO2-

 ただ、過酸化水素が十分な酸化作用を発揮するためには、濃度とともに、溶液のアルカリ度および温度が、重要なポイントになります。過酸化水素の解離定数pKaは、20℃で11.78、40℃で11.38くらいです。溶液のpHが11をこえる環境で、過不足ない酸化漂白が作動します。過炭酸ナトリウムの濃度もそれにもとづいて決まります。

 pH11以上のアルカリ環境下で、H2O2が酸化漂白作用を行うにあたり、過炭酸ナトリウムとして、0.4%〜0.5%濃度40℃以上、30分以上の浸漬が必要です。過炭酸ナトリウム2Na2CO3・3H2O2(分子量314.03)を、12〜15g/3Lで、40℃以上、30分以上が条件ですから、通常、粉石けんとともにつかうときの、標準使用量、15g/30L(0.05%)、20℃、10分洗浄では、とても効果があらわれません。ちなみに合成洗剤と併用する酸素系漂白剤ですが、各種の過酸化水素活性剤を入れています。うち代表的な活性剤は界面活性剤そのものですが、それによって酸化漂白を低温で動作させることができます。

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