石けんとのダイアローグ(補稿更新中) Anri krand くらんど
弱酸性合成洗剤の低刺激性が賞揚され、弱アルカリ性純石けんの刺激性が批判されていますが、正しくありませんので、いくつか説明してみます。
まず「皮膚科学dermatology」という語ですが、本来は純粋に医学体系の1つであり、およそ2000という希有の病名数をもつ、人類の永い歴史を背景にした医学分野です。 注)田上八郎「皮膚の医学」
「皮膚の科学」でなく「皮膚科の学」であり「皮膚病学」ともいいます。同様の語に耳鼻咽喉科学・泌尿器科学・整形外科学・婦人科学があります。「心臓病学」などとの比較からは「皮膚病学」が意味を呈してもっとも適切です。
近年、香粧品(化粧品等)の理論的バックボーンであるかのようにいわれていますが、香粧品はあくまで香粧品であり医薬品ではありません。したがってその科学も香粧品科学といい皮膚科学とは峻別されます。安易な混同あるいは意図的な混同は穏当ではあり
ません。互いに接点と交差する分野があるだけです。
ちなみに香粧品は香料・化粧品・医薬部外品の総称であり、香粧品科学の代りにスキンケアの科学とかヘアケアの科学とかいうこともあります。
日本における香粧品と皮膚科学の接点ですが、花王が「皮膚研究所」を設立(1976)し、角質細胞間脂質の主要成分セラミドとそのバリアのメカニズムを発見(1985)し、合成セラミドに成功(1987)したころからの話です。
皮膚の生理にせまる内容であったために皮膚科学が1部引用されたのですが、当初はそれら大手洗剤・化粧品メーカーもストレートに皮膚科学を持ちだすことはなく、あくまで香粧品科学という立場に立っていました。1977年には「日本香粧品科学会誌」という
会誌も誕生しています。
にもかかわらず、大手洗剤・化粧品メーカーより先に、その周辺の医薬品・香粧品関
連メーカーが、早い時期から突出して皮膚科学を標榜してきました。皮膚科の臨床から
生れた洗浄剤などと自称するのがそれで、香粧品に医薬品のイメージを付与する試みを
していることになります。さらにその後大手洗剤・化粧品メーカーもわざわざ追従する
かたちで皮膚科学を援用しはじめそのまま今日に至っています。
その古典的な商品の1つがドイツ生れのセバメドsebamedで、皮脂膜のpH5.5を皮膚の至
上のバリアとみなし、洗浄剤等も皮膚に負担のかからないpH5.5であるべきというコンセ
プトですべての商品化(1950年代)を行っています。
酸外套Acid Mantle理論といい、1920年代にドイツで発表されたものですが、当時は皮
膚を透過する物質はないと信じられていた19世紀のなごりの時代で、その皮膚のバリア
も、皮脂膜のみであるとみなされていました。ちなみに物質の皮膚透過という事実が完
全に周知されたのは驚くほど遅く、ようやく1960年台に入ってからのことです。 注)マー
ク ラッペ「皮膚」
かなり時代錯誤ですが、皮脂膜を(洗浄時でもpH5.5を損なうべきでない)Acid Mantle
とするコンセプトは、そのまま弱酸性の香粧品をベターとする観念をつくりだしていき
ます。
皮膚の弱酸性の生理をクローズアップした嚆矢のものですが、皮脂膜のAcid Mantleの
主役である遊離脂肪酸は、時間とともに酸化して刺激物になり、皮膚上からの除去の対
象になります。また発汗があると(乳酸とともに)炭酸水素イオンが遊離して、皮膚のpHは6.5〜7.5くらいに上がります。 注)
小川徳雄「汗の常識」
皮膚の弱酸性が皮膚の常在菌を制御するという説も、単に皮膚の自己浄化作用にすぎ
ないという見解もあります。保護膜としての存在はもちろんそれなりの価値があります
が、それ以上でも以下でもありません。
ひるがえって現在は皮脂膜・角質細胞間脂質・NMF(天然保湿因子Natural Moisturizing Factor)の3者が皮膚のバリアで、うち細胞間脂質の主成分セラミドとNMFの主成分各種アミノ酸の2者が主たる要素とみなされています。セラミドのみが主体的と主張するメーカーがあり、NMFも中心的役割という他メーカーからの批判があり、セラミドとNMFの両者がからみあって発動するという第3者メーカー研究者の報告もあります。
皮膚病学としての皮膚科学は、確定できないこれら皮膚の生理を、治療原理として取り入れることはできません。それでもドライスキンとアトピー性皮膚炎の患者は確実に増加していますから、不断に対処を迫られます。臨床にかかわる情報は絶えず更新されつづけなければなりません。
弱酸性称揚のもう1つの沿革(オリジナル)は羊毛の洗浄にまつわるものです。綿・麻・レーヨ
ン・キュプラなどが陰性繊維といわれるのに対し、羊毛は両性繊維といわれますが、こ
れは水溶液中の綿・麻等がセルロースに由来するカルボキシル基COOH-を解離するのに対
し、ケラチンタンパク質繊維からできている羊毛は、酸性側でアミノ基NH3+を解離、ア
ルカリ側でカルボキシル基COOH-を解離するからです。
その+-の反転するポイントを等電点(酸・アルカリの中間pH値)といい、そのpHあたり
で洗浄するのを等電点洗浄と呼びます。羊毛を損傷することのない洗浄法として推奨さ
れた経緯がありますが、廉価な合成洗剤の登場と無関係ではありません。「アルカリは
繊維を損なう」という論点で石けんをしりぞけながら中性洗剤を表舞台に押し上げてい
ったたからです。
実際はしばらく後の次ぎのようなコメントがこのあたりの事情を的確に伝えています。
「一般に羊毛製品はアルカリに対する弱い性質が強調され過ぎているが、洗剤中のア
ルカリ程度では繊維の損傷はほとんどなく、むしろ洗浴中での機械力を大幅に弱め、ま
た繊維に残留しやすいアルカリ分も十分に除去することも(高い評価として)考慮しなけ
ればならない。よごれのひどい羊毛製品の洗濯では、機械力を弱めた弱アルカリ性洗剤
による30〜40℃の短時間洗浄もしくは軟らかいブラシによる刷毛洗いなどが適している」
注)「洗剤・洗浄の事典<衣生活における洗浄>」
これは古来からの石けんとくに遊離アルカリ皆無というマルセーユ石けん(現代のそれ
とは別物です)による羊毛洗浄の歴史を踏まえて言っています。
皮膚用の弱酸性洗浄剤も似たような経緯をたどりました。たとえばつぎのような説明は、安価で大量生産
が可能と判断された弱酸性合成洗剤をプレゼンテーションするためのコメントにほかな
りません。
「石けんは優れた洗浄剤ですが、pHがアルカリ性であるため、洗浄後の皮膚のpHがア
ルカリ側に傾き、同時に角質層の働きに必要な成分まで洗い流してしまいます。石けん
のこのような性質は、アトピー性皮膚炎患者の皮膚にとってはマイナスとなり、石けん
で洗うことがかえって負担となる場合もあります」
「近年、刺激が弱く、角質層にとって必要な成分を極力洗い流さずに汚れを落せる、
中性から弱酸性の身体洗浄剤の開発が進み、市販されるようになりました」
けれども、本来の皮膚科学すなわち皮膚科医の石けんに対するコメントは、いま現在
でも大半が次のように石けんに肯定的なものです。
「石けんやシャンプーでよく洗うべき皮膚は、微生物の多い頭・顔・首・手足・腋の
下・股です。フケは脂漏性性皮膚炎、また強い体臭も防ぎます。体臭も皮膚に棲む微生
物が原因です。(略)アトピー性皮膚炎の人も、自分の垢、つまり角層に過敏な人もいま
す。それらの垢と微生物を皮膚からきれいに石けんで洗いおとします。石けんは皮膚に
つけても1分以内に落してしまうものですから。あまり心配はいりません。どうしても刺
激がつよいという人は敏感肌用の石けんも市販されています。ただし刺激もすくないか
わりに、洗浄力も弱いことは致し方ありません」注)同上「皮膚の医学」
この具体的な意味は、アトピー性皮膚炎であってもなお石けんによるきちんとした洗
浄をすべきで、低刺激性など洗浄力の弱い洗剤では汚れ・過剰脂肪酸・老廃角質・微生
物などを残してしまい、かえって症状を悪化させるという指摘です。また皮膚科医の石
けん推奨ですが、「香料のないふつうの石けん、安価な石けん」という言いかたをしま
す。香料が刺激物だからですが、できるだけ無添加の石けんを指示していることになり
ます。後に述べますが、石けんが「角質層の働きに必要な成分を洗い流す」こともあり
ません。
1部の香粧品科学研究者のコメントも案外上記のような臨床医と似ています。弱酸性
の称揚が普遍的でない証左でもあります。
「石けんのpHがアルカリ性のため、皮膚に対して悪影響を及ぼす懸念がある。しかし
健常者の場合、皮膚は外部刺激に対する保護作用としてpH調整機能もつので問題がない
ことが知られている。たとえば石けんを30秒〜2分間使用すると、皮膚のpHは0.6〜0.8高
くなるが、45分〜2時間でもとにもどるというKlenderらの報告がある」
「最近アトピー性皮膚炎患者が増加していることを背景に、より低刺激な石けんが求
められるようになってきた。アトピー性皮膚炎に対する石けん使用については、従来、
石けんは軽度の1次刺激性物質であり、洗浄により過度に脱脂されて症状を悪化させる可
能性があるため、使用しない方がよいとされていた」
「しかし石けんをつかわないと、皮膚にフケ・垢・汗などの汚れがたまり症状をむし
ろ悪化させる。したがって石けんを普通に使用して清潔を保つことが大切であり、石け
ん使用による悪影響はほとんど考慮しなくてもよいという報告もある」
「かっては皮膚疾患があるときは入浴しない、あるいは石けんをつかわないといった
指導がなされていた時代もあったが、現在では皮膚の汚れを取り除いて正常な生理機能
を保つことは大切なスキンケアの1つと考えられており、入浴を制限する場合はむしろま
れである。 注)「石鹸・液体ボディ洗浄剤:機能性化粧品の開発」
石けんへの高い評価という点で、1部の香粧品メーカー(大手洗剤・化粧品メーカー)の
言が皮膚科医のそれと同調しているのは、石けん(JIS規格の過脂肪石けん)も主力商品の
1つとして製造販売している事情もありますが、石けんの歴史的な貢献が今なお現在進行
形のものと認めているためです。
皮膚科医でも香粧品研究者でもない周辺の業界関係者と皮膚科臨床を標榜する1部の製
薬・化粧品会社が、たとえば次のようなコンセプトを平気でコメントします。
「アルカリは刺激物ですので、皮膚のpHにちかい弱酸性の石けんまたは洗浄剤で洗う
のが、皮膚にもっとも負担をかけない方法です」
「石けんのアルカリは肌への大敵、弱酸性の洗浄剤だけが肌のうるおいを残します」
「弱酸性こそ皮膚科学の常識です」
先のように弱酸性洗浄剤にアドバンテージがあるという識見は、皮膚科学の常識では
ありません。かっては香粧品科学の常識ですらなかったものです。1次刺激性については
(健常者以外にたいして)確かに存在しますが、弱アルカリ性が皮膚に負担になるという
事実はありません。過去正規の皮膚科学の専門書に記述されたこともありません。弱酸
性の利点というのは、相対的には主張できても、それをもって石けんを否定するなら、論理の過剰と飛躍にほかなりません。
そういう点では、かってはそのあたりになにかしら節度がありました。現在はすでにその節度がなくなってきています。先の製薬メーカーにとどまらず、香粧品メーカー(大手洗剤・化粧品メーカー)みずからが、一転エスカレートして、宣伝広告にも弱酸性称揚のコメントがあふれています(しかも子どもへつかってくださいといっています)。かってオフィシャルに発表していたものと異なるポリシーをマスメディアにアピールしていることになります。
さて基本的に洗浄の対象になる皮膚上の成分ですが、まず皮膚表面に張りついている
一日一層落屑するといわれる古い角質です。つぎに毛穴のなかの皮脂腺から分泌された
油脂・脂肪酸・ロウ・ステロールエステル類・スクワレン・その他の炭化水素類・コレ
ステロール、汗腺から分泌された無機塩類・乳酸・尿素・重炭酸など、外から付着して
きた灰分・塩類・塵芥・煤煙・鉱油など、さらに毛孔・汗孔・皮膚表面に棲息する常在
菌・微生物などです。
ちなみに湯水であらい流される物質は、汗の成分・塩類・老廃角質・その他の垢成分
のみで、皮脂成分・鉱油・塵芥などの多くは湯水洗いでは落せず、常在菌・微生物・そ
の他の細菌も取れません。また人によって常在菌並みに存在する黄色ブドウ球菌も除去
できません。
低刺激性・弱酸性の洗浄剤は概して石けんより洗浄力を抑えた洗浄剤であり、設計上
から上記のような十分なよごれの除去はできません。石けんはそれらをクリアし、必要最小限のところでな
お必要十分な洗浄力を発揮するものです。
けれども、それぞれの当否と判断は、なにより学問的なアプローチで行われるべきでしす。洗剤と皮膚の関係でかならず整理しておかなければならない問題は、洗剤の皮膚への
浸透です。これがなにより優先する課題であるのは、皮膚への浸透こそ皮膚のバリア破
壊の端緒であり、生体機能物質を溶出する直接の契機となるからです。以外は皮膚にと
って枝葉のもの2次的な問題ということになります。
とりあえず、次のコンテンツのために、皮膚の構造を鳥瞰しておきます。
人の皮膚は上から表皮・真皮・皮下組織からなり、表皮は角質層・顆粒細胞・有棘細
胞・基底層からできています。
表皮の最上部にある角質層は、数層から数10層重なる角質細胞ですが、人体の部所に
よって異なり、外陰部・まぶたなどは数層、頬・額などは10数層で、手のひら・足のう
らなどは数10層になります。1層の厚さは1ミクロン弱、顔など平均的な角質層の厚さは
10数層ですから、厚さ数ミクロンから数10ミクロン、平均20ミクロンくらいになります。
数層から10数層の角質層のそれぞれの層は「角質細胞間脂質」という筋を挟んでいま
す。ブロック(角質層)に対するセメント(角質細胞間脂質)にたとえられます。強固な構
造で皮膚のバリア機能を発揮する仕組がこれです。
角質細胞間脂質の中身ですが、脂質層と水層が交互の多層状(ラメラ)になっているも
ので、それぞれ細胞間脂質・細胞間結合水、全体は角質細胞間物質というべきものです。
皮膚のバリアは、皮脂膜・角質細胞間脂質・細胞間結合水の3つのバリアから構成され
ることになります。外からの浸入と中からの浸出をふせぐバリアですから、一度外部か
ら物質が浸透すると、内部の細胞間脂質と細胞間結合水も外へ溶出されます。ドライス
キンのはじまりです。一度壊れたバリアを修復するのは容易ではなく、ドライスキンも1
名乾皮症といいすでに皮膚疾患の1つです。アトピー性皮膚炎もその1つです。
皮脂膜の成分は「トリグリセリド(油脂)、35%・遊離脂肪酸25%・ワックスエステル20%・
スクワレン5%」などです。水分・塩化ナトリウム・乳酸など汗の成分がそこに加わりま
す。
脂質層の成分は「スフィンゴ脂質(セラミド+セレブロンド)50%・脂肪酸20%・コレステ
ロールエステル20%・コレステロール10%」です。
結合水の層はNMF(天然保湿因子)を含み、その成分は「アミノ酸40%・ピロリドンカル
ボン酸PCA12%・乳酸塩12%・尿素7%・無機塩類27%・その他2%」です。
以上が皮膚の構造と機能ですが、あらためて整理すると、皮膚への刺激影響というもののうち本質的なものは、なんらか物質の皮膚への浸透とそれにともなう皮膚成分の溶出です。かって経皮吸収といわたものも皮膚等への吸着・
浸透・透過・収容などを指しますが、その本質的挙動は浸透です。
安全な洗浄剤の基本の条件は、バリアの角質層へ浸透しないことです。それが皮膚に
対峙する全ての物質の(安全のための)必要不可欠な条件です。
界面活性剤の皮膚への浸透の測定ですが、「in vitro(採切皮膚を用いる)方法」と「in vivo(生体の
ままつかう)方法」があり、浸透度はnmol/cm2であらわします。また物質の浸透による結
果としてあらわれる「脂質とNMFの溶出」もnmol/cm2であらわしますが、μg/cm2でもあ
らわします。
花王皮膚研究所の芋川玄爾氏の報告による皮膚の「A/E処理(アセトン/エーテル)処理」
という参考になるデータがあります。皮膚をアセトン/エーテルで処理すると(処理時間に依
存する)長時間持続する肌荒れが出現しますが、最初の1分間は肌荒れが生じず、皮脂膜
由来のスクアレン・ワックスエステル・トリグリセリドが溶出して飽和します。
1分以降、5分・10分の処理であらたに溶出してくるのが、角質細胞間脂質由来のコレ
ステロールエステル・脂肪酸・スフィンゴ脂質(セラミドなど)で、その溶出量に比例し
て肌荒れも出現・悪化・増大していきます。注)「臨床医のためのスキンケア入門」・
「機能性化粧品の開発」
「A/E+水処理」というサブセットがあり、これはA/E処理の後水処理をするもので、
先の成分にくわえ水分とNMFの成分である各種水溶性アミノ酸が溶出してきます。
従来ドライスキンの本質といわれたNFMですが、現在ドライスキンに対しては間接的な
ものという見解もあり、その溶出による影響も角質層の水分のうちの1部にしか関与して
いないともいわれます。残余の水分は角質層のタンパク質と密接に結合して存在し容易
に分離されない結合水です。ただし別途の独自の挙動からドライスキンに関与するとい
う見解もあります。
アセトン/エーテルでなく、「SDSドシデル硫酸エステルナトリウム5%水溶液」で処理すると、水溶液のせい
で「AE・水処理」と同等のプロセスをたどり、最初の1分間はスクアレン・ワックスエス
テル・トリグリセリドが溶出、その後にコレステロールエステル・脂肪酸・スフィンゴ
脂質が溶出し、さらに水分と各種アミノ酸も溶出してきます。
SDSは古来からAS(ラウリル硫酸ナトリウム)と呼ばれる嚆矢の合成洗剤ですが、かって
はシャンプーなどにつかわれ、現在も練歯磨き・洗濯洗剤などに配合されています。
AE・水処理とSDS5%水溶液のいずれも皮膚への浸透が起りますが、皮膚にとって「皮脂
膜」がまず重要な1つのバリアであることが分かります。それを通過するまでにアセトン
/エーテルなど強力な浸透溶剤でもそれより緩和とみられるSDSでも、同じ「1分間の猶予」
があるという事実は、皮膚上での界面活性剤の挙動を認識する上でも重要です。
すなわち、石けんとその他の洗浄剤が皮膚上でつかわれるとき、それらはまず数秒から
数10秒で流されてしまいます。強力な界面活性をもった洗剤でも、その時間内では浸透
がおこらず、角質細胞間脂質およびNMFの溶出もおこりません。要するに1〜5分以上皮膚
上に吸着残留する場合のみ、その虞(浸透と溶出)を予期すべきということになります。残留の可否が問題を左右するというということです。
さて、洗剤の吸着・残留がどういうメカニズムで起こるのかについて、代表的な合成界面活性剤であるアルキル硫酸塩(AS)を例にとってみてみます。
ASのうち、SDSと略称されるラウリル硫酸エステルナトリウムは、髪にmg/g単位で、0.75(pH3)〜0.4(pH12)くらい吸着残留することが知られています。注)「洗剤・洗浄の事典」
重要なのはpHが3〜5くらいが(0.75〜0.58mg/g)吸着が大きく、9〜11くらいは(0.45〜0.43mg/g)小さいという事実です。つまりSDSの洗浄後の吸着残留は、弱酸性側で大きく弱アルカリ性側で小さいというデータです。
この現象の論理的根拠ですが、静電的相互作用(クーロン力)に由来します。静電引力・静電斥力ともいいます。
人の髪も爪(硬質)も皮膚(軟質)もケラチンタンパク質からできていますが、タンパク質の要素であろ各種アミノ酸は両性電解質といい、環境のpHによって酸またアルカリに解離する特殊な性質をもっています。
アミノ基・水酸基・カルボキシル基を内包していて、等電点(平均解離点/酸・アルカリの境界)以上では、負のカルボキシル基(COOー)を遊離します。そして等電点以下では、正のアミノ基(NH3+)を解離します。
事実上その等電点を境に、髪のマイナス電荷(COO-)が、プラス電荷(NH3+)に反転します。
人の髪の等電点はpH4.5〜5.0くらいです。髪にくらべシスティン含有量がわずかにすくなく、高pH等電点のグリシン含有量がかなり多い、皮膚の角質層の等電点は、髪より高くなって、pH5.5またはpH4.5〜6.5です。髪・爪のようなケラチンは硬質ケラチン、皮膚などは軟質ケラチンといわれています。組成的には同類のものです。
もどってSDSは陰イオン活性剤ですから、水溶液中で陰イオンに解離し、洗浄後の希薄溶液のなかで、髪の陽イオンNH3+と吸着・残留します。それがpH3〜5の間に吸着が多いという理由です。逆にpH9〜11で60%くらいに減じますが、それでも吸着があるのは、静電的相互作用でなく、疎水性相互作用によるもので、要はそちらがSDSの平均的な吸着度ということになります。
低刺激という弱酸性洗剤、MAP(モノアルキルリン酸塩)・AGS(アシルグルタミン酸塩)・AMT(アシルメチルタウリン塩・SCI(ココイルイセチオン酸塩)・LβA(ラウロイル−β−アラニン)などは、水溶液のpHは弱酸性から中性のものですが、洗浄成分は陰イオン界面活性剤にほかなりません。したがって、洗浄後に遊離している洗浄剤の陰イオンは、角質層の陽イオン(アミノ基NH3+)とクーロン力で結合します。界面活性剤と物質との結合は物理的なファン・デル・ワールス力・疎水性相互作用と化学的なクーロン力などいくつもの力が関っていますが、クーロン力は他の結合よりつよい力です。
挙動はSDSと変わるところはありません。SDSほど解離が質量ともに大きくなく、その分吸着・残留もすくなくはなりますが、原理的にある一定の吸着・残留はまぬがれず、わずかとはいえ皮膚への浸透も起こります。
石けんの場合は、水溶液がpH9.5〜10.5にセットされますから、ただちにカルボキシル基COO-を遊離し、陰イオンの石けん分子自体は、皮膚・髪が解離するCOO-と反発を起こして、吸着残留を回避します。並行して洗液の消費とともに希薄化して、石けん分子も消滅、わずかな脂肪酸と金属石けんのみ吸着します。
したがって、石けんの場合希薄な残留がありえるのは、すでに石けんでなく、わずかな金属石けんと遊離脂肪酸に
ほかなりません。金属石けんは活性がないまま皮膚に疎水的相互作用で吸着し、皮膚上では洗浄後の清涼感として残留しますが、強固ではなく2〜4時間で復元する皮脂の分泌とともに分解されます。
合成洗浄剤の残留は、希薄な残留でもそのままの界面活性剤でありつづけます。この本質的な差異が
各種のデータにかかわらず、石けんにアドバンテージがある理由です。
弱酸性の称揚という巷間の流布に反して、石けんの9.5〜10.5というj弱アルカリのアドバンテージは多面的に有為なものということになります。
ちなみに非イオン合成洗剤はイオンの解離がなく、吸着残留は疎水性相互作用により
ますが、石けんの弱アルカリのような皮膚との反発も起こりませんから、やはり石けん
とは同列に比べられません。静電的相互作用がないかわりに起こる疎水性の膠着は、わずかにしても吸着残留を起こし、それは活性を保ったままの残留にほかならず、皮膚角質層に浸透する可能性をつくります。
蛇足ですが、石けん(純石けん)になにか皮上の憎悪がある場合は、単純に石けんの洗浄力の過剰(個々でそれぞれ違う)な発揮によるものであり、より泡立ててつかう、すすぎを15秒〜30秒以上する、回数を減らす、洗浄力の調整された石けん(透明石けんなど)をつかうなど、シンプルな扱いを心がけるだけで、改善することがあります。ほんとうのアルカリ過敏症の人はすくないとみられます。
前回までが、界面活性剤の皮膚への影響の本質と根拠ですが、その他界面活性剤の影響
には(本質であるドライスキンとは別に)、センシティブスキン(敏感肌)の発現という問題が
あります。あくまで2次的な問題ですが、環境の変化の中ですくなくない影響力が人を蚕
食しつつあります。
これは界面活性剤の1次刺激性とかアレルギー感作性とかいわれるもので、アトピー性
皮膚炎ともかかわりがあったりまったくなかったり、いろいろなパターンがあります。
総じて化学物質の皮膚への接触から引き起こされるもので、化学物質過敏症をふくみま
す。
あらためて石けんの皮膚上でのメカニズムを説明します。
まず分かりやすいように、石けん+精製水で洗った場合ですが、皮膚洗浄直後の石けん(脂肪酸ナトリウム)の状態は、希薄水溶液のさらに希薄な状態として、「酸性石けん」と「石けん」が解離状態で残留しています。(温度のため)水溶性に劣るパルミチン酸とステアリン酸石けんなどがメインのものですが、次ぎのように解離平衡しているため、脂肪酸RCOOHとナトリウムイオンNa+と脂肪酸イオンRCOOーの3つが励起の状態で存在します。
洗浄直後の成分一覧 --------------------------------------------- ナトリウムイオンNa+ 脂肪酸イオンRCOOー 脂肪酸RCOOH 中性石けんRCOONa 酸性石けんRCOOH・RCOONa --------------------------------------------- 洗浄直後の解離平衡 ------------------------------------------------------ 酸性石けん--------RCOOH・RCOONa=RCOOH+RCOONa 石けん------------RCOONa=Na++RCOOー *金属石けん--------2(RCOO-) + Ca++ =(RCOO)2Ca ------------------------------------------------------
水分ですが、乾燥角質といわれるものでも1分子層から数分子層の水が、水素結合・フ
ァン・デル・ワールス力(その他状況により疎水的相互作用・静電的相互作用)などで捕捉され
ています。すすいだ直後の皮膚上の水分はそれよりさらに量のものが存在します。
石けんが解離平衡および励起の状態にある皮膚に、硬度成分をもつ水道水が接すると
直ちに(遊離脂肪酸RCOOーから)金属石けんが生成しそのまま沈着して皮膚に残ります。微
量の脂肪酸も皮膚に残り励起が止まります。
水道水がつかわれる通常のケースでは、水溶液の希薄化にともない瞬時に上記の反応
が生じ、金属石けんが生成して微量な脂肪酸ととともに皮膚上に残留します。その脂肪
酸は、1部は石けん由来の脂肪酸で、1部は皮脂の脂肪酸からできる皮脂由来石けんの遊
離したものです。
したがって石けんそのものが皮膚に残留することはありません。残留するのは微量な
脂肪酸と高位脂肪酸の金属石けんのみです。界面活性も消失しています。したがってそ
れはすでに石けんではありません。つまり界面活性剤ではありません。
その後皮脂と汗の分泌とともに金属石けんも分解され、2〜4時間で従前にまでもどり
ます。
以上のプロセスを皮膚への挙動としてまとめると、石けんが皮膚上でつかわれるとき、
解離するナトリウムイオンNa+は、皮膚の酸性分泌物(皮脂の遊離脂肪酸)と結合して
「皮脂由来の石けん」をつくり、解離する脂肪酸イオンRCOO-は、一方で加水分解して脂
肪酸を生成し皮膚上に遊離していき「過脂肪」となって皮膚を保護し、他方で水の硬度
成分(カルシウム・マグネシウム)と結合して「金属石けん(RCOO)2Ca」をつくります。
総じて石けんが洗浄のなかで消費されるとき、皮脂由来の石けんの生成が洗浄力の向
上に寄与し、過脂肪および金属石けんの生成が洗浄力の減衰を助長します。それらが同
時におこって洗浄が起結します。これが石けんの「洗浄力緩衝作用」といわれるもので
す。そしてこれが常態でつかわれる石けんの場合です。
常態(自然な状態)でつかわれる石けんを「生なりの石けん」、非常態でつかわれる石
けんを「裸の石けん」と区別してみると、常態の生なりの石けんは、常温・常圧・常水
(平均50ppm水道水)・常時(10数秒〜数10秒)・有泡・希薄(濃度)という一定の「タガ」が
はまっていることになります。そして「タガ」のどれかを意図的に外すと「裸の石けん」
が出現します。
たとえばステアリン酸ナトリウムを単独70℃で使用すると、どんな合成洗剤もおよば
ない猛烈な洗浄力を発揮します(非anti常温)。精製水でつかうと石けん本来の洗浄力が
十分に発揮されます(非anti常水)。高濃度無泡でつかう石けんは挙動そのものが常態を
超え剥きだしの界面活性力を呈します。いずれも洗浄力緩衝作用は損なわれます。
石けんと比較される合成洗剤の挙動は、以上の石けんの挙動と峻別されます。すべて
の合成洗剤は消費による濃度低下がおきるとき、石けんのような緩衝作用を呈しません。
不断の失活も起こしません。消費されて界面活性力が減じていくだけです。他の物質へ
転換することはなく、希釈濃度でもそれなりの活性を保持しています。
以上の性質あるいは本質の差異が、洗剤の試験測定の場合にも問題になります。
これが、この項のテーマです。
すなわち、高濃度の長時間貼付繰返し測定など極端な条件下では、石けんは裸の石けんとなり、石けんそのものの吸着残留がおこります。合成界面活性剤は不断に吸着残留がおこりますが、おしなべて試験測定は石けんも合成洗
剤もそのままの結果データをつかい相互に単純比較します。
大手化粧品・洗剤メーカーの皮膚影響測定試験もそういう矛盾をはらんだまま行なわれ、発表されます。
「機能性界面活性剤の開発技術(シーエムシー)」にかなりの詳細「生体と界面活性剤・皮膚」が記されています。いくつかの測定方法に分類されますが、非現実的な条件下でも石けんをまったく同列に扱っています。「裸の石
けん」と、そうでない「生なりの石けん」の加水分解による特殊性(洗浄力緩衝作用)
は、研究者によく知られた事実ですが、注釈ぬきで結果データを援用していますから穏
当とはいえません。
「機能性界面活性剤の開発技術(シーエムシー)」から「大小比較」のみ抜粋 -------------------------------------------------------------------- 1.皮膚累積処理(1%濃度40℃10分間1回/1日 4日間)(Circulation法)水分量低下 AS>Soap>ES>LAS>AOS>MAP 2.皮膚累積処理(10%濃度30分間2回/1日 4日間)(Cup Shaking法)水分量低下 Soap>MAP>LβA>Water 3.皮膚累積処理(3%濃度30分間2回/1日 4日間)(Cup Shaking法)水分量低下 SDS>Soap>MAP>Water 4.アセトン/エーテル10分処理後、皮膚累積処理(10%濃度30分間2回/1日・4日間) (CupShaking法)水分量低下 AMT>>MAP>SCI>LBA>Water 5.皮膚累積処理(3%濃度30分間2回/1日 4日間)(Cup Shaking法)皮膚経皮水分 蒸散量TEWL SDS>Soap>MAP>Water 6.皮膚処理(3%濃度10分間1回)(Cup Shaking法)後、Indigo Carmine吸着量 SLS>ES>AGS>Soap>MAP>Water 7.ユカタンミニブタ皮膚?処理(?%濃度?分間1回)(?法)後、テープストリッ ピング10回、角層10層累積界面活性剤吸着量 Soap>SDS>MAP>SCI>AMT>LBA>Water 8.モルモット耳皮膚処理(3%濃度?分間3回/1日 3日間)後1日培養後のPGR 遊離量 SDS>Soap>AMT>SCI>MAP>Water>LBA 9.ヒト前腕皮膚累積処理(3%濃度30分間2回/1日 3日間)(Cup Shaking法) 発赤強度 Soap>MAP>Water>LBA ----------------------------------------------------------------
比較的穏当とみられる(3%濃度10分間1回処理)測定のみに、Soapが良い成績を出してい る点に注目してください。
================================================================= 6.皮膚処理(3%濃度10分間1回/(Cup Shaking法)後、Indigo Carmine吸着量 SLS>ES>AGS>Soap>MAP>Water =================================================================
以外はだいたい「3%濃度30分間2回/1日 3〜4日間」が平均的な測定のようですが、泡
立ててつかう石けんが濃度1%未満、平均0.数%くらい、数秒〜数10秒で洗い流されることからすれば、
先の「裸の石けん」となる条件であり、やはりそのままでは比較対象になりません。
逆に以外の弱酸性洗浄剤・低刺激性洗浄在などは、常態でも皮膚にいくらか吸着残留
し何らかの影響をおよぼしていることになります。極端な条件ということもあり絶対値
は援用できませんが、合成洗剤同士による吸着残留の相対比較データとして価値があり
ます。
洗剤の皮膚への吸着残留のメカニズムは、先のように、基本的に「水素結合・ファン・デ
ル・ワールス力・疎水的相互作用・静電的相互作用」のいずれか、または複合で捕捉されているものです。
メカニズムのすべてが解明されている訳でありませんが、静電的相互作用(クーロン力)がもっと
も強い力であることは間違いありません。
結局石けんは界面活性剤として皮膚に吸着残留することはありませんが、弱酸性洗浄
剤は、わずかといっても皮膚に吸着残留します。わずかな吸着残留は浸透と溶出の契機
になり、皮膚に累積的な影響をあたえる可能性があります。
一般に物質の浸透性への影響は、以上が全部という訳ではありません。溶液のpH変化による影響というものがあり、すべて分っているのではありませんが、逐次の検証が必要です。いくつか前提になる材料があります。人の体液がpH7.3〜7.4という事実がなんらか関係するのではないかという点と、「(哺乳動物の)培養細胞による毒性試験」において「pHの変化による染色体異常の誘発」という報告があります。 注)「細胞トキシコロジー試験法(朝倉書店)」
後者は被試験物質がpH6.2以下でCHO(チャイニーズハムスター肺由来細胞株)の染色体
異常を誘発するという内容ですが、pH10.9では誘発が認められないという結果です。こ
れからすると染色体異常の誘発はおよそpH11〜12以上からということになり、pH6以下も
おしなべて誘発の可能性にさらされることになります。
ただ「pHの変化がどのような機構によってその異常誘発につながるのかは明らかでな
い」とコメントされています。
したがってpH変化の誘発する染色体異常の測定データは、その動物実験のゆらぎ、あるいは非生
理的なテストであるという点から、そのまま認めるのは不穏当と思われます。た
だ提示されているのは、弱アルカリ性(pH8〜11)と中性(pH6〜8)域が異常をもたらさない
可能性です。
したがって石けんのデータとしてよく引用されるるブランクとグールドのin vitro測
定法による「ラウリン酸ナトリウムのpHと浸透の関係」は、上記の延長線上で比較でき
ます。これは、低pHでおこる「浸透による脂肪溶解」も高pHでおこる「浸透による角質
層障害」も、石けんのpH9.5〜10.5の間ではおこらないという有為なデータです。注)
「水溶液下の切採皮膚に対する、ラウリン酸ナトリウム粉石けんのpHと浸透の関係」と
いう実験です。出典は、I.H.Blank,E.Gould,J.Invest.Dermatol.,37,485(1961)、その引
用は幸書房「新版脂肪酸化学」にあります。
in vitroによるこの測定は基本的に長時間テストですから、通常では皮膚への浸透が
あり、スフィンゴ脂質(セラミドなど)とNMF(各種アミノ酸など)の溶出がおこるケースで
す。SDSでは起こります。それでもpH9.5〜10.5の間の純石けんでは浸透がまったく
おこらず、pH8前後でnmol/cm2(皮膚)が80〜160nmolを浸透、pH9前後で30〜60、pH11〜12で20〜180を浸透していることになります。
pH8〜9、pH11〜12で石けんの皮膚への浸透がおこるという事実は、先の「pHの変化による染色体異常の誘発」と比較しつつ、留意しておくべきものです。
データを子細にみるかぎり、純石けんのpH9.5〜10.5の水溶液は低刺激性というより無
刺激です。中性・弱酸性という合成洗剤の皮膚浸透性よりもさらに低いと見積られます。
皮膚への浸透がなければ、アルカリ側で起こるという角質層タンパク質の変性は起きま
せん。中性から酸性側で起こるという角質内脂肪の溶出も起こりません。つまり石けん
は刺激物ではありません。
ひるがえって、センシティブスキンという視点でみるとき、石けんの「皮膚刺激性」については、下記のような古典的なデータがいまでも存在します。類似の試験はいくつもありまが、結果が大同小異のため現在でも現役のデータと
して多く援用されています。
*界面活性剤/炭素数別陽性反応率(%) (濃度:0.5%/接触時間:5hr) Emary,E.,J.Am. Pharm. Assoc., 29,254 (1940) 炭素数 脂肪酸Na 脂肪酸K アルキル硫酸Na ------------------------------------------ -8--------2.5-------12.5------4.5 10-------19.0-------15.0------4.0 12-------69.0-------88.0-----42.0 14-------39.0-------54.0-----25.0 16--------3.0-------12.0------5.0 18--------0.0--------0.0------0.0 ------------------------------------------
皮膚上への貼付試験ですから、常温(体温36℃台)が基本的な前提です。したがって、
石けんが石けんとしての活性力(洗浄力など)を発揮する条件(炭素数・クラフト点)
によって、ダイレクトに陽性反応が左右されることになります。そう消費されず濃度も
そうかわらない上にこのくらいの貼付時間だと、もちろん「裸の石けん」が発動します。
したがってデータはそのまま鵜呑みにしてはいけません。
「炭素数」からすると、石けんらしい性状はC10カプリン酸からといい(C8以下は洗浄
作用をもたない)、確実な面活性剤力を発揮するのはC12ラウリン酸石けん以上からとい
われています。C8・C10の陽性反応が小さいのは、石けんらしさを欠くためです。かんた
んにいえば洗浄力がありません。
また脂肪酸の最低溶解温度である「クラフト点」は、C18ステアリン酸石けんが60℃以
上、C16パルミチン酸石けんが50℃以上、C14ミリスチン酸石けんが40℃以上、C12ラウリ
ン酸石けんは30℃以上です。したがって、皮膚上常温である36℃前後で、洗浄力を発揮
できる度合は、大きい方からC12ラウリン酸石けん・C14ミリスチン酸石けんの順です。
結果もその順に陽性反応が出ています。以外は極度に低くなることも分かります。
5時間貼付という常態でない条件下ですから、これは石けんの通常使用とは無関係な試
験です。「裸の石けん」であり、皮膚上に滞留する化粧品のための試験です。化粧品の乳化剤(水と油を
混ぜる)にC18ステアリン酸石けんがつかわれていった理由です。
以外に、アルキル硫酸Naについて、NaCl(塩化ナトリウム)・NaSO3硫酸ナトリウム・
NaCO3炭酸ナトリウムを0.002N(0.002mol規定液)を添加したときの、「陽性反応率%の
アップ率」をはかっています。石けんの0.5%濃度水溶液に対して0.002molですから、分
子量に応じてNaCl0.1%、NaSO40.3%、NaCO30.2%濃度の添加ということになります。
炭素数8〜12までは、塩化ナトリウム<硫酸ナトリウム<炭酸ナトリウムの順に、陽性反
応が増大し(無添加の場合のほぼ倍増)、炭素数14〜18までは、逆の順に陽性反応が増
えていきます。
「皮膚刺激」といっているのは、事実上この「陽性反応率」のことですが、表記の通
り、0.5%濃度の石けん液を5時間貼付するというテストです。これもすでに裸の石けんですから
あまり参考にはなりません。1次刺激物にもなりません。
ちなみにここに陽性反応がわずかな炭素数C10カプリン酸・C8カプリル酸ですが、その
脂肪酸グリセリンエステルはMCT(中鎖トリグリセリド)といい医薬品につかわれます。
単体では1部の人の局所・粘膜に刺激をあたえることがあります。テストは唇につかって
みてピリピリ感があるため分かります。これは軽度の1次刺激物です。
C10カプリン酸・C8カプリル酸は、ヤシ油(ココナツ油)・パーム核油に数%含まれ、伝
統の浴用・化粧石けんは牛脂+ヤシ油からつくられますが、古来ヤシ油は20%前後の配合
に止めるという不文律があります。MCTの1次刺激性のためですが、塩析する固形石けん
の場合は、C8カプリル酸以下の脂肪酸は塩析のなかで廃液とともに排除されますから、
仕上がった石けんに影響はほとんどのこりません。
C10カプリン酸・C8カプリル酸石けんを寡少刺激とする、1次刺激性の貼付試験測定そ
のものに、もうひとつ本来的な不都合があることになります。
まとめると、この試験の意味は、事実上石けんのつかわれかたとまったく乖離するものであり、
石けんにとってはなんの意味をももちません。
同様に石けんの弱アルカリ性にも1次刺激性はありません。家庭用品品質表示法における
25℃pH(水素イオン濃度)は以下のようであり、ph11以下の弱アルカリとpH11超のアルカリ
とは峻別されます。
弱アルカリとアルカリを安易に混同するのは適切ではありません。弱酸性洗浄剤は正
確に弱酸性といわれ、石けんは弱アルカリ性と正確にいわれずただアルカリ性といわれ
ます。それもあきらかな混同です。石けんをアルカリ性と呼ぶなら、アミノ酸系洗浄剤
(pH5〜6.5)は酸性洗浄剤と呼ばなければなりません。
--------------------------- 11超〜---------アルカリ性 8超〜11以下----弱アルカリ性 6以上〜8以下---中性 3以上〜6未満---弱酸性 〜3未満--------酸性 ----------------------------
センシティブスキンにも、石けんは親和的である、すくなくとも低刺激性という合成洗浄剤よりはるかにソフトであるという、この項の結論です。
ちなみに弱酸性・低刺激性というアミノ酸系洗浄剤(AGS)とモノアルキルリン酸系
洗浄剤(MAP)などは、それぞれ窒素・リンというこれも過去の遺物を含んでいます。当然
の事実ですが表立っては言及されません。富栄養化の主因として洗濯用合成洗剤からは
排除された物質です。
最近、閉鎖性海域である瀬戸内海とくに広島市で「海の富栄養化」が問題になってい
ます。窒素・リンが一般的な下水処理で削減できず、海に流れ込んでいるためですが、
大阪湾はさらに深刻という話もあります。
どちらにしても東京湾・伊勢湾(三河湾を含む)・瀬戸内海の3海域は、現在も環境基準
を満足できず、最近はCODにくわえ、窒素とリンが「総量規制」の対象になっています。
原因系にもちろんし尿・食品・飼料があり、輸入物が圧倒的という話もありますが、弱
酸性・低刺激性洗剤の増加も早晩その要因の1つになっていきます。
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