石けん学のすすめ Anri krand くらんど
たった1冊の本といわれたら困りますが、たった1枚の CD はといわれたら、バッハ Bach の「ゴールドベルク変奏曲 Goldberg Variation」と答えます。演奏は、グレン・グールド Glenn Gould 。日本人が、故国のカナダ人以上に偏愛しているこの著名なピアニストは、23才の最初のレコーディング(1955、モノラル)にこの曲を弾き、最後のレコーディング(1981、ステレオ)にもこの曲を弾き、そして翌1982年、50才で早世しています。
バッハが「ゴールドベルク変奏曲」を書いたのは1754年のことですから、グールドからおよそ200年前のことです。タイトルは弟子の少年ゴールドベルクに由来し、テーマは少年の雇主であるカイザーリンク伯爵からの「眠れぬ夜の慰めのための曲」という注文によるといいますが、曲の成立とは関係なかったでしょう。バッハには動機は必要でなく、きっかけがあればそれでよかったのです。200年後に、同じGの頭文字をもつ異才のピアニストがこのゴールドベルクを弾くのを、バッハは何気に思い浮べたかもしれません。
シンプルな増幅器を通し、縦77cm横46cm奥行35cmの箱に入れた16cmフルレンジスピーカーから聞こえてくるグールドのハミングまじりのバッハは、最初のアリアから3m向こうの空中に屹立します。コンサートを捨てたグールドには聞こえるはずのない喝采が、その頭上から鳴り響いてきます。
マンダラ(曼陀羅・曼荼羅)は、サンスクリット語 mandalaの音訳で、「円、集り、本質(悟り)」などを意味し、漢訳では「壇」及び「輪円具足」と訳されています。大乗密教の真理であり、言葉のみでは表現できない真理を、「数多の仏神の会合する壇」として、絵画で表現したものです。言葉では表せない真理という点に、マンダラの本質があるようです。スイスの分析心理学者ユングは、マンダラを「自分自身も意識できないところを含む、心の全体の表現」といっています。
するとそれは絵画だけでなく、音楽でも起こり得るのかもしれません。バッハの音楽、そしてバッハを弾くグールドの音楽・・・・ポリフォニーが2声から3声、カノンやフーガへ遷移していくさなかに現れる、音の色彩、時間の織物、なにかを超えていく存在・・・・・バッハの背後から、そしてグールドの頭上から聴こえてくる喝采も、人の錯覚なのではなく、たとえば200年にわたる数多の聴衆の、惜しみない歓声の残滓なのかもしれません。あなたはそういう喝采を聴いたことがありませんか。騒音に割れ、なにか人類の吐息といったようなものですが。
油脂の主成分は「脂肪酸グリセリンエステル」です。一般的に「脂肪酸トリグリセライド」といっています。トリグリセライド・ジグリセライド・モノグリセライドの3態があり、うち脂肪酸の分子量は600〜850、グリセリンは92ですから、油脂における脂肪酸の割合は86.7%〜90.2%を占め、グリセリンは13.3%〜9.8%くらいになります。質量あたりのグリセリン含有量は、分子量の小さな油脂(たとえばヤシ油)ほど、多い計算になります。
H H H-C-OH RCOOH RCOOH-C-H H2O H-C-OH + RCOOH = RCOOH-C-H +H2O H-C-OH RCOOH RCOOH-C-H H2O H H グリセリン+脂肪酸 = 油脂 +水
脂肪酸トリグリセライド以外は、それぞれの精製の段階に除かれるもので、ホスファチド(リン脂質)・タンパク分解物質・ステロール・脂肪族アルコール・着色物質・抗酸化物・有臭成分・ビタミン類などが存在します。うちホスファチドは、多価アルコール(グリセリン)と脂肪酸およびリン酸とのエステルで、リン酸はさらに塩基性窒素含有物と結合しています。リン脂質といい、代表的なものがレシチンとケファリンです。
リン脂質含有量が多いのは、ダイズ油1.1〜3.2%。アマニ油0.3%、ゴマ油0.1%、ナタネ油0.1%、牛脂0.07%、ラード0.05%です。ダイズ油のレシチン含有量はとび抜けたもので、市販のレシチンはほとんどダイズ油からつくられます。ステロールは、動植物油脂に普遍的に含まれますが、含有量の比較的多いのは、肝油7.6%、小麦ハイガ油1.3〜1.7%、以下米ヌカ油・ヒマシ油・ゴマ油が0.7〜0.5%、ダイズ油・オリーブ油・牛脂・パーム油が0.1〜0.05%くらいです。ダイズ油のステロールは、スチグマステロールとキャンプステロールで、ホルモン・ビタミンDの原料になります。
ロウ(脂肪酸エステル)は、脂肪酸と1価アルコールとのエステルで、アマニ油・トウモロコシ油・ダイズ油に含まれますが、量はすくなく、ダイズ油中のロウは、脂肪酸が主にC22(炭素数22)、アルコールはC28〜C32のもので、含有量は0.002%ほどです。着色成分は油脂の色を決めている物質で、カロチノイド色素の存在によります。代表的なものがβカロチンで、油脂に特徴ある黄赤色を与えています。そのβカロチンの含有量がもっとも多いのはパーム油で、0.1%以上含んでいます。ついでクロロフィルは、オリーブ油や青ダイズから採取したダイズ油に含まれるもので、緑色を呈します。ダイズ油で1.5mg/L(ppm)くらい含まれます。
抗酸化物は天然油脂中に含まれるものですが、すべて油脂の酸敗に対して抵抗性を示すものです。代表的な抗酸化物は、トコフェロールで、ビタミンEと同種の物質です。α・β・γ・δトコフェロールがあります。
--------------------------------------------------------------- 油脂 α β γ δ total(%) --------------------------------------------------------------- ダイズ油 0.020 - 0.098 - 0.168 小麦ハイガ油 0.18〜0.45 0.18〜0.45 綿実油(粗) 0.076 - 0.034 - 0.110 アマニ油 - - - - 0.11 米ヌカ油(粗) 0.075 - 0.026 - 0.101 米ヌカ油(精製) 0.058 - 0.033 - 0.091 ラッカセイ油 0.013 - 0.014 - 0.086 ラード 0.0023 - - - 0.0027 牛脂 - - - - 0.001 ---------------------------------------------------------------
トコフェロールは採取精製中に失われる量もすくなく、脱色・アルカリ精製・脱臭でも数%以下が失われるのみです。抗酸化物にはトコフェロール以外に、ゴマ油に特有なセサミン・セサモリン・セサモールという成分があります。綿実油(粗油)にもゴシポールという抗酸化物成分があります。
有臭成分は微量なため、特定が困難なのですが、油脂中に0.1%〜0.2%含まれる炭化水素も候補です。ヤシ油・パーム核油に含む低位脂肪酸とそのエステル、ダイズ油のケトン類・ラクトン類・アルコール類、オリーブ油・米ヌカ油・小麦ハイガ油に含まれるスクワレン、オリーブ油・落花生油に含まれる不飽和の炭化水素、パーム油・落花生油・綿実油・ダイズ油に含まれるアルデヒド類などがあります。ビタミン類は、脂溶性のビタミンA、D、Eが油脂中に含有されます。うちビタミンAは、βカロチンから生成します。ビタミンDはステロールと関係があります。
以上の、脂肪酸トリグリセリド以外の物質は、それぞれ有用成分であり、抽出物として転用されますから、石けんとは本来関係がありません。ただ、日本薬局方のカリ石けんは、ダイズ油100%の石けんですが、ダイズ油には、つぎのような薬効があると解説書に記述されています。
<薬局方「ダイズ油」薬効>
局所に適用し刺激を緩和させる。潰瘍・創面を保護し乾燥を防止する。
軟膏状のカリ石けんは、1.7〜1.8倍の水(精製水)に溶いて、液体石けんとしてつかうのが定法です。泡立ちと洗浄力が心許ない場合は、1.5倍くらいにします。逆の場合は2.0倍にします。石けんは比重が水と同じく1くらいのものですから、100gを200mlの水に溶くと、300mlの液体石けんになります。きれいに溶けて透明になるまで、だいたい1日以上かかります。使用にあたって匂いの強いのが閉口します。馴れると気にならなくなりますが、芳香とはいえませんから、馴れきれない人もいます。皮膚清浄剤ですが、もちろんシャンプーにも使用でき、初体験でも違和感がでることはあまりありません。適正濃度なら泡立ちはありますが、洗浄力が乏しい感触になることがあります。
薬局方カリ石けんが、ダイズ油でなければならない理由はみあたりませんが、精製ののちにも、微量な有臭成分が残るのですから、ダイズ油のいわゆるもどり臭というものは、かなり強いものです。微量でも臭いが強いなら、ダイズ油の複雑ないくつもの有用成分が、グリセリンと同居の上、なんらか皮膚に有為の影響をあたえないかと期待しますが、とりあえず無刺激で、感触がきわめてマイルドな石けんという以上のことはありません。
ただ、相乗効果という点では、脂肪酸カリウムの特殊性である皮膚軟化作用とグリセリンの関係、ホスファチド・炭化水素・ステロールなどの夾雑効果など、いくつか影響がありえます。ダイズ油は、いろいろな意味で特別な有用油脂というみかたもあります。
油脂の搾油と精製は、以下のプロセスで行われます。
≪前処理≫
油脂の採油の前に収率をよくするために、原料の精選・脱穀・粉砕・蒸煮(熱処理)などの前処理を行います。
≪採油≫
脂の種類により、「融出法」・「圧搾法」・「抽出法」の3つの方法があります。
融出法はタロー(牛脂)・ラード(豚脂)など、動物油脂から採油するのに用いられ、窯で加熱するもの、低温で攪袢するもの、スチームで熱するものなどがあります。圧搾法はオリーブ油・ココナッツ油(ヤシ油)・パーム油などから採油する方法で、開放型のもの、密閉型のもの、連続プレス式のものなどがあります。抽出法はソイビーンズ油(ダイズ油)・フラックス油(アマニ油)・カノーラ油(カナダ産ナタネ油)・コットンシード油(綿実油)などから採油するのに用いられ、溶剤抽出するもの、圧搾と溶剤抽出を両方する圧抽法、連続抽出機を使用するものなどがあります。溶剤はヘキサン(食品添加物・製造用剤)が一般的です。収量を増すために有利な圧抽法が一般化しています。これは圧搾で油分の80〜96%、溶剤抽出でさらに20〜4%の収量を獲得しています。
≪精製≫
採油されたばかりの動植物油には、リン脂質・ガム質・不けん化物・遊離脂肪酸・微量金属・色素・臭い成分などの不純物・夾雑物を含んでいます。
精製工程 除去対象物質 使用物質 ------------------------------------------------------------------------ 脱ガム リン脂質 樹脂 糖質 タンパク質 脱酸 遊離脂肪酸 色素 (水酸化ナトリウム) (水洗) 石けん分 (乾燥) 水分 脱色 色素 (白土・活性白土・活性炭) (ろ過) 白土 脱臭 ケトン 炭化水素 ろ過 不溶性物質(痕跡) ------------------------------------------------------------------------
ふるくは「精製」は、脱ガムと脱酸の工程のみを指すことばでしたが、現在では、脱色・脱臭までをふくんで、精製といっています。脱ガムはリン脂質・ガム質(樹脂状物質)を除去する工程で、原油に水蒸気を吹き込み、遠心分離機で水分とともに分離するものです。リン脂質の多いダイズ油やカノーラ油には必須の工程です。脱酸は「アルカリ精製」ともいわれるもので、水酸化ナトリウムを用いて油脂中の遊離脂肪酸を0.01%〜0.03%まで除去します。
脱色は、油脂に吸着剤をくわえて熱し、色素を吸着剤の固体微粒子に吸着させ、脱色漂白するという工程です。吸着剤には、含水珪酸アルミニウムを主成分とする天然白土・活性白土・活性炭などをつかいます。脱臭は水蒸気脱臭という方法で行われます。有臭成分は多く揮発性のものですから、減圧高温下で水蒸気蒸留を行うことで、ほぼ完全に除去されます。
さて、精製という観点で油脂の性質をいくつかに分類することができます。もっともシンプルで、主成分の脂肪酸グリセリンエステル以外、夾雑物をほとんどもたないのが、融出法で採油する牛脂・ラードです。夾雑物はわずかなホスファチドとステロールくらいで、トコフェロール・有色成分・有臭成分はほとんど含まれていません。対極にあるのが、圧抽法という圧搾および溶剤抽出するダイズ油です。トコフェロールは油脂中最大、ホスファチドも、リン脂質であるダイズレシチンが多量で、現在商品化されているレシチンの主力になっています。すくないというステロールも利用され、ダイズタンパクも含めて考えれば、100%完全有効利用されている希有な油脂です。
油脂の成分組成%(ダイズ油) ----------------------------------------------------------------------- 成分組成 原油 精製油 ----------------------------------------------------------------------- 脂肪酸エステル 95ー97 >99 リン脂質 1.5-2.5 0.003-0.045 不けん化物 1.6 0.3 ステロール 0.33 0.13 トコフェロール 0.15-0.21 0.11-0.18 炭化水素 (スクアレン) 0.014 0.01 遊離脂肪酸 0.3-0.7 <0.05 金属(ppm) 鉄 1-3 0.1-0.3 銅 0.03-0.05 0.02-0.06 -----------------------------------------------------------------------
植物油脂のほとんどは圧抽法によって採油されますが、オリーブ油・ヤシ油・パーム油などは圧搾法が主体、カノーラ油などは抽出法が主体です。オリーブ油の微量成分は、ステロール・トコフェロール・炭化水素類など、植物油の平均的なものですが、炭化水素はスクアレンが主体で含有量も多いものです。
石けん原料としての油脂は、食用の油脂の需要と並行しているため、単体ではコスト高になります。それでも環境への負荷を低くし、汚染の予防が可能な油脂への転換は、図らなければなりません。目的となる着地点も想定しておく必要があります。オリーブ油・パーム油・ヤシ油など、果実からとる植物油脂は、プランテーションの存在など、環境負荷の点で将来性が疑問視されます。未来のどの時点でも贅沢なものでありつづけます。紙の原料の一部が、パガスやケナフなど非パルプに代替していくべき理由は、一年生草本であるためです。石けんの原料油脂も、本来的に一年生草本の種実・種子からとるシード油であるべきでしょう。
現在、食用・洗剤・石けん等につかわれるシード油は、ダイズ油・アマニ油・ゴマ油・ヒマワリ油・ナタネ油・綿実油などです。石けん原料としては、それらの脂肪酸組成が、石けんの性格をつくるために、大切な指標です。
もの性格には、認識と同様、ア・プリオリ(先験的)なものと、ア・ポステリオリ(後験的)なものがあります。先天的・後天的ともいいますが、障害におよぶものは、器質的・機能的ということがあります。ただ、先験的な性格が本当にあるのかどうかという点は、疑問があります。人の場合、血液型による性格分類が科学的かのように説明されることがありますが、根拠がありません。そもそも分類すること自体に予見が入るという批判もあります。さらに性格は、精神にもとづくものでなく、容姿とかにちかい、心的な外観にすぎないという考えかたもあります。ほんとうに生まれながらのソフトウェアは少ないのです。
石けんは組成により、性格が先験的に決ります。理屈の上ではそうですが、これもそ実際は、そればかりでもありません。説明のつかないことがいくつもあります。
石けん原料としての油脂は、原則、脂肪酸組成で性格が決ります。脂肪酸アルカリ塩(ナトリウム塩・カリウム塩)の溶解性・起泡力・洗浄力など、石けんの基本となる性状が、それら脂肪酸の組合せで決ってくるからです。能力を十分発揮できるかどうかも決ってきます。
条件に合うのは、まず、炭素数12から18の間の飽和脂肪酸と炭素数18:1から18:2の不飽和脂肪酸です。:1から:3というのは、不飽和基を1つから3つもつという意味です。ら列すると、飽和脂肪酸のC12ラウリン酸・C14ミリスチン酸・C16パルミチン酸・C18ステアリン酸と、不飽和脂肪酸のC18:1オレイン酸・C18;2リノール酸となります。例外となる特殊なものとして、ココナッツ油(ヤシ油)に含まれるC6カプロン酸・C8カプリル酸・C10カプリン酸があり、フラックス油(アマニ油)に含まれるC18:3リノレン酸、カスター油(ヒマシ油)に含まれる(水酸基をもつ)C18:1・OHリシノール酸があります。
どれも栄養的・医薬的に有用という特色があり、一方で石けんには不向きという性格をもちます。化学構造はつぎのような、脂肪酸基(RCOO)+塩基(Na/K)からなっていますが、構成物である脂肪酸そのものは塩基でなく水素がつき、RCOO+Hというかたちで存在します。脂肪酸基はカルボキシル基ともいい、そのうちRという略称は炭化水素鎖をあらわしています。
飽和脂肪酸・C12ラウリン酸/炭素数(C)12 H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H 飽和脂肪酸・C14リスチン酸/炭素数(C)14 H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H 飽和脂肪酸・C16パルミチン酸/炭素数(C)16 H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H 飽和脂肪酸・C18ステアリン酸/炭素数(C)18 H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-C-C=C-C C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H 不飽和脂肪酸・C18:1オレイン酸/炭素数(C)18:1 (真中が不飽和基といい、実際はそこのところで折れ曲がっています) H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-C-C=C-C C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-H-H-H-----H-H-H-H-H-H 不飽和脂肪酸・C18:2リノール酸/炭素数(C)18:2 H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C=C-C-C=C-C C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-----H-----H-H-H-H-H-H
石けん(脂肪酸ナトリウム/脂肪酸カリウム)は、上記のカルボキシル基(COOH)のHの
代わりにNaとKが、-COONa・-COOKに置換された集合体です。
油脂の脂肪酸組成を一覧します。一覧にあたって次のような順番で並べています。
1.飽和ラウリン酸・ミリスチン酸系油脂(含むMCT) カプロン酸(C6) H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H カプリル酸(C8) H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H H-H カプリン酸(C10) H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-H-H-H-H 注)このうちC6からC10の脂肪酸は、MCT(中鎖脂肪酸トリグリセリド)といい栄養・医薬につかわれています。 2.不飽和オレイン酸系油脂 3.不飽和オレイン酸・リノール酸系油脂 4.不飽和オレイン酸・飽和パルミチン酸・ステアリン酸系油脂 5.不飽和リノール酸系油脂 6.不飽和リノレン酸系油脂
注)リノール酸は、かってω(オメガ)6の脂肪酸、ビタミンFとしても知られていましたが、最近は摂りすぎがよくないと指摘されています。
ちなみにオレイン酸はω9といいます。
注)ω(オメガ)3の脂肪酸として、現在多大な関心を集めています。アマニ油(フラックスオイル)以外に、シソ油・エゴマ油などがω3含有量の多い油脂です。
リノール酸(C18:2) H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C=C-C-C=C-C C-C-C-C-C-COOH --H-H-H-H-H-----H-----H-H-H-H-H-H リノレン酸(C18:3) H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C=C-C-C=C-C-C=C-C C-C-C-C-C-COOH H-H-----H-----H-----H-H-H-H-H-H 7.水酸化不飽和リシノール酸系油脂
リシノール酸(C18:1OH) O H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H-H H-C-C-C-C-C-C-C-C-C=C-C C-C-C-C-C-COOH H-H-H-H-H-H-H-H-----H-H-H-H-H-H
注)酸化に耐性があり、極端に粘度の高い油脂です。石けんには透明石けんをつくる材料につかわれますが、単独の石けんとしては、気泡力・洗浄力がきわめて乏しい石けんです。
油脂の脂肪酸組成表(数値は%) ------------------------------------------------------------------------ --------カプ-カプ-カプ---ラウ---ミリス-パルミ-ステア-オレ---リノ--リノ --------ロン-リル-リン---リン---チン---チン---リン---イン---ール--レン ---------酸---酸---酸-----酸-----酸-----酸------酸----酸-----酸----酸 ======================================================================== 炭素数---6----8----10-----12-----14-----16----18----18:1----18:2----18:3 ======================================================================== ヤシ油---0.4-7.7---6.2---47.0----18.0---9.5--2.9-----6.9-----0.2------- ------------------------------------------------------------------------ パーム核油-0.1-3.6---3.5---47.3----16.4---9.1--2.3----16.8-----0.3-------- ======================================================================== ツバキ油--------------------------------8.2--2.1----85.0-----4.1---0.6-- ------------------------------------------------------------------------ オリーブ油-----------------------------10.4--3.2----73.8----11.1---0.4-- ======================================================================== アーモンド油----------------------------7.2--1.2----66.3----22.3 ------- ------------------------------------------------------------------------ カノーラ油(カナダ産菜種)--------------3.9--1.8----57.9----21.8--11.3- ------------------------------------------------------------------------ 落花生油(バージニア種)----------------9.8--3.2----48.7----30.7---0.2-- ------------------------------------------------------------------------ 米糠油----------------------------0.3--16.3--1.8----41.4----37.5---1.6-- ======================================================================== シア脂----------------------------------4.0-41.0----47.4-----6.1------- ------------------------------------------------------------------------ カカオ脂--------------------------0.1--25.8-34.6----34.7-----3.3-------- ------------------------------------------------------------------------ 牛脂------------------------------4.1--31.0-18.2----41.2-----3.3-------- ------------------------------------------------------------------------ パーム油------------------0.2-----1.1--43.1--4.0----40.7-----9.7-------- ======================================================================== ダイズ油-------------------------------10.4--4.0----23.5----53.5---8.3- ------------------------------------------------------------------------ 綿実油---------------------------0.7---20.7--2.4----18.9----56.5-------- ------------------------------------------------------------------------ ゴマ油----------------------------------8.8--5.3----39.2----45.8---0.1-- ======================================================================== アマニ油--------------------------------6.6--2.9----14.5----15.4---60.6 ======================================================================== ヒマシ油--------------------------------1.0--0.7-----3.1-----4.4---0.9- ------------(リシノレイン酸)------------------------89.6---------------- ------------------------------------------------------------------------
石けん、とくにソーダ石けん(固形石けん)のもっとも重要なファクター(要素・良否)は、つぎの3点といわれています。
1.溶解性と起泡性
2.硬さまたは稠度(ちょうど=密生・混合い)
3.安定また保存性
このうち「安定または保存性」は、けん化が完全なもので不純物・夾雑物をもたない石けんは、自ずから保存性があり、素地のかたちも整います。
溶解性と起泡性は、石けんのいわば前提となるものですが、液体脂肪酸(不飽和のため)であるオレイン酸・リノール酸と、液体脂肪酸(中位炭素数のため)であるラウリン酸・ミリスチン酸が、常温で溶解可能なものです。固体脂肪酸(高位炭素数のため)であるパルミチン酸・ステアリン酸は、常温で溶解が不可または寡少のものです。
ところが固体脂肪酸は、他の液体脂肪酸との共存で、「共融点」が下がり、常温で溶解が可またはやや可となります。ともなって本来の起泡力・洗浄力も生じてきます。そして、パルミチン酸・ステアリン酸の本来の(高温下の)洗浄力は、石けんのなかで最上のものです。「硬さまたは稠度」は、「固くて脆くはない」適度な密度の状態をいいますが、これを過不足なくつくる油脂は、固体油脂・固体脂肪酸をもつオレイン酸・パルミチン酸・ステアリン酸系油脂です。その代表的な存在がタロー(牛脂)です。以外にラード(豚脂)・シアバター(脂)・カカオバター(脂)・パーム油が代替可能な油脂としてあります。
何を石けんの基本に据えるかという選択肢がいくつかありますが、石けんの歴史的な選択は、まず「固くて脆くない、適度な硬さと稠度」、をもつ油脂を優先しています。種々理由がありますが、優良なアルカリがなかった近代以前の石けんが、おしなべて溶け崩れの速い、軟らかい石けんであったことと無関係ではありません。「硬さと稠度」の実現は、油脂原料のベースに牛脂を採用することであり、加えて牛脂のみの場合の欠点である溶解性と泡立ちの増強のために、牛脂以外の液体油脂・脂肪酸を混合することでした。
かくして、歴史ある伝統的な化粧・浴用石けんは、牛脂をベースにヤシ油を10%〜30%(平均20%)配合してつくられます。
石けんの黄金比率といっていいもので、「(冷水でなく)温水によく溶け、よく泡立ち、かた崩れと脆さのない適度な固さをもつ石けん」になります。日本の純石けんのうち、純度が99%というソーダの固形石けんは、大体この組成でできています。ちなみに120年の歴史と世界のマーケットをもつアイボリーソープも、同じ牛脂・ヤシ油(+パーム核油)の99%石けんです。残念なことに変質防止剤(0.5%未満の珪酸ナトリウム・硫酸マグネシウム)と香料が入っています。
牛脂・ヤシ油のレシピは、油脂から焚く、本格的な「窯焚きけん化・塩析法」を前提としています。牛脂の纏まりのよさと、ヤシ油の溶解性と泡立ちが、温水下での豊かな泡と洗浄力の発揮になるのも、この数日に及ぶ製造プロセスがあってのものです。
ちなみにその80ー20脂肪酸組成は次のような割合です。
<タロー(牛脂)80%+ココナッツオイル(ヤシ油)20%油脂> ======================================================================== 炭素数---6----8----10-----12-----14-----16----18----18:1----18:2---18:3= ======================================================================== 牛脂・ヤシ---1.5---1.2----9.4-----6.8--26.8-15.0----33.4-----2.6-------- ------------------------------------------------------------------------
オレイン酸とパルミチン酸がそれぞれ30%づつ、ステアリン酸とラウリン酸(+ミリスチン酸)がそれぞれ15%づつ、という組成になっています。直接害にはならないのですが、「刺激があり乾燥性がある」というヤシ油の炭素数10カプリン酸・8カプリン酸・6カプロン酸の脂肪酸は、3%以内に収まっています。塩析する通常のソーダ石けんでは、炭素数8以下の脂肪酸はグリセリンとともに除去され、さらに少なくなります。
ちなみにヤシ油の少量の混合は、石けん生地にアドバンテージを与え、「磨いたような外観」をつくりだすことが知られています。とくに機械練り石けんには有効です。先の表のように、ヤシ油はパーム核油と代替できます。オレイン酸が多いせいで、パーム核油の方が若干軟らかくなりますが、決定的な差はありません。
牛脂はパーム油と代替できますが、パーム油はパルミチン酸とオレイン酸の含有量が多目で、その分石けん素地が固くまた脆くなります。カロチン含有量が多く、漂白しても完全な白色にならないという難点もありました。現在はかなり解消されています。「牛脂+ヤシ油」の黄金比率にならった、「パーム油+パーム核油」石けんは、「純植物性」をうたって市場に登場しています。1部純石けんのものがあるようですが、多くは無添加純石けんでなく、伝統の「窯焚けん化・塩析法」のものでもありません。窯焚きの簡略なものあるいは中和法の容易なものが主体で、レシピの良さは活かされているとはいえません。
石けんは、複数油脂(通常2〜3種)からつくるものの方が、総合的な仕上りがいいと言われています。油脂そのものが複数(通常5〜10)の脂肪酸からできていますから、脂肪酸の種類でいえば、炭素数の違う10種以上の脂肪酸からできることになります。
マルセーユ石けんは、初めオリーブ油からつくられていましたが、19世紀以降は、オリーブ油だけでなく、ココナッツ油とシード(植物種)油を適量配合して(オリーブ油40%〜60%、ココナッツ油・シード油60%〜40%)、その後さらにパーム油を加えることで、世界に冠たる名声を得ました。サボン・ド・マルセーユの本貫は、液体脂肪酸のオリーブ油に他の油脂を加えて相乗的に昇華させた「ベジタブルオイル石けん(72%石けん分・28%水分)」であって、かならずしもオリーブ油オンリーの石けんではありません。ただ時々くるリバイバルの時代には、マルセーユ石けんすなわちオリーブ油石けんとみなされる場合がよくありました。
マルセーユ石けんは、石けんの最上のものとして、とくに絹・羊毛の工業的洗浄につかわれました。日本では、主として純良な洗濯用の固形石けんを、なまってマルセル石けんと呼んでいました。名前はいまでも残っています。
カスティール石けんもオリーブ油オンリーからはじまりましたが、後にオリーブ油にタロー(またはラード)を適量配合(同上)して、クイーン・オブ・ソープと称えられました。これも完成されたレシピの1つといっていいものです。タロー(牛脂)・シア脂・パーム油などの高級飽和脂肪酸系は固体油脂、オリーブ油・カノーラ油などの不飽和脂肪酸系油脂は液体油脂、ココナッツ油などの不飽和脂肪酸系も液体油脂といわれています。
うち液体油脂のものは単体でも石けんがつくられます。オリーブ油石けん(マルセーユ石けんとは別のものです)がその代表で、世界的にはポピュラーなのですが、その多くは多量の香料オイルと一緒に焚かれたりしています。ヨーロッパにおける石けんのオーセンティックな伝統は遵守されているとはいえません。ヤシ油も単体のものが、ソーダのココナッツ油石けんとしてつくられています。市場に出ているのは冷製法のもののようですが、ココナッツ油単体のものは、冷製法の方がかえって伝統があります。
またソーダ石けんでなくカリ石けんでは、単体のココナッツ油100%のもの、またココナッツ油+僅かな牛脂のものがあります。市場にでているものは香料が入っていますが、まったく無香料のシャンプー、無香料の台所石けんがあったりします。日本薬局方のソイビーンズ油(ダイズ油)カリ石けんは、無香料単体油脂の代表的な石けんです。医局の身近にあるこのカリ石けんは、有為な皮膚清浄剤でありながら、現状、医師からは忘れ去られています。
脂肪酸による石けんの性格の違いは、「泡の質感」がいちばんのポイントになります。ひたすら感覚的なものだからです。好き嫌いもはっきりします。C12ラウリン酸の泡は、粗大で持続力がないといわれますが、爽快でさっぱり感があり、軽快な感触などともいわれます。気泡力・洗浄力もありますが、結構高い濃度(0.5%)でしか能力を発揮しないところがあります。
C18:1オレイン酸石けんは低濃度で泡立ち、その泡も細かく持続性があり、豊かで重厚な泡ともいわれますが、一方で粘りがあって脂っぽく、肌にまとわりつく感触ともいわれます。人によって正反対です。(オレイン酸と共存している)パルミチン酸・ステアリン酸の泡質は、緊密で細かく、肌当りのいい泡といわれますが、常温では溶解性が乏しく、単体では洗浄力も小さいため性格が明確になりません。ミリスチン酸石けんの泡は、繊細で密度があり、馥郁と泡立つといい、人によっては最上の石けんといいますが、ココナッツ油・パーム核油に16%〜18%くらいしか含まれず、石けんの主役にはなれません。
大きく飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸石けんの違いというものもあります。高位飽和脂肪酸、C16パルミチン酸・C18ステアリン酸を含む石けんは、金属石けん(石けんカス)をつくりやすく、多価不飽和脂肪酸、C18:2リノール酸・C18:3リノレン酸を含む石けんは、繊維に脂肪酸が残留すると黄変を起こすことがあります。また牛脂・ヤシ油石けんは、本来湯温でつかう化粧・浴用石けんですから、その組成のままで洗濯石けんをつくると、常温での溶解性が不足ぎみになります。そこで多価不飽和脂肪酸、とくにC18:1と18:2の含有量が多い油脂をプラスして、溶解性を向上させます。米糠油・米糠脂肪酸がつかわれるのもこの理由です。とくに米糠油は従来から粉石けんには多くつかわれてきました。
半世紀前から純良な固形石けんの原料は変わっていません。牛脂+ヤシ油で、それぞれ90%〜70%+10%〜30%の組み合わせでできています。ソーダ石けん(固形)の基本的なファクターが、溶解性と起泡性、硬さまたは稠度、安定と保存性の3点であることが、この脂肪酸組成の黄金比率をきめてきました。
その組成成分は以下のとおりですが、ヤシ油はその主成分であるラウリン酸とミリスチン酸の溶解性・起泡性、牛脂は主成分であるオレイン酸の溶解性とステアリン酸の稠度性・安定性が組成的に必要とされたものです。必要性が優先される時代がすぎ、環境が真っさきに語られる今、スタンダードなこれらの油脂も、課題を抱えることが明らかになってきました。
ココナッツ油(ココヤシ油)は、フィリッピンなどが特産で、プランテーションは、埴性上の理由から海岸線にそってできます。パーム油(アブラヤシ油)は、マレーシア・インドネシアの、内陸部の広大な熱帯林伐採地に植えられます。どちらも熱帯林の破壊ですが、とくにサラワク(東マレーシア)などのパーム油のプランテーションは、内陸部に進出、規模が巨大なばかりでなく、先住民族の追放、オランウータンの迫害、大量投下農薬による労働者被害、差別的な児童労働など、大規模な環境破壊が、いまでも現在進行形のままです。
それらの輸入大国はもちろん日本であり、事実上ほとんどが何らか食品へ転換されますが、その残余が合成洗剤(大半)と石けん(寡少)の原料となります。これらの樹木性油脂に今後も依存していていいかという課題があります。牛脂はその種の問題を抱えませんが、動物愛護など別の側面、また飼料穀物、農林畜産の構造からくる環境負荷があります。直接関わりがなくても、狂牛病も最近の負荷の原因の1つにほかなりません。
知られていませんが、クヘア Cuphea という油糧植物があります。そこから採れる「クヘア油」は、これらの問題意識の先に、一つの着地点として語られます。実現性に乏しいためモデルにしかならないうらみはありますが、他の開発への起点にはなります。クヘアは、アメリカ大陸原産の、ミソハギ科に属する一年生草本から多年生低木まで、230の亜種をもつという植物です。多くは一年生草本で、丈は20cmから40、90cmくらいのものがふつうです。
種の数と並行するように、小さな花弁の色も多様、数mm単位の種子の34%平均含有する油の脂肪酸組成も、おどろくほど多岐にわたっています。
大まかに炭素数C10カプリン酸が80%以上の種、C12ラウリン酸が70%以上の種、C12ラウリン酸・C14ミリスチン酸を60%・30%含有する種、C18:1オレイン酸・C18:2リノール酸・C16パルミチン酸をそれぞれ30%づつふくむ種などがあります。
C12ラウリン酸・C14ミリスチン酸のクヘア種は、ヤシ油・パーム核油の代替油脂と考えられますが、ヤシ油・パーム核油が内包している、石けんには不要なC8カプロン酸・C8カプリン酸・C10カプリン酸がないという、プラスのアドバンテージがあります。ちなみにC8〜C10の脂肪酸石けんは、刺激性と乾燥性があるといわれています。また石けんの有臭成分の一つでもあります。
C18:1オレイン酸・C18:2リノール酸・C16パルミチン酸のクヘア種は、牛脂とパーム油の代替油脂になります。リノール酸が多すぎるきらいがあり、やわらかくなります。
実験段階でのクヘア収量は、800〜1200kg/ha、ココヤシは560〜840kg/haといわれますから、効率は高いのですが、本質的なアドバンテージは、もちろん一年生草のシードオイルという事実でしょう。ちょうど紙パルプの代替のために使用されるパガス、ケナフのようなポジションにあります。
動物性油脂から植物性油脂へ、樹木性油脂から草本性油脂へというのが時代の要請なら、研究開発にとどまらずなんらかの実用化への途が望まれます。代表的なクヘア種の脂肪酸組成は、以下の通りです。
======================================================================== 炭素数 6 8 10 12 14 16 18 18:1 18:2 18:3 ======================================================================== クヘアc.elliptica 1.3 48.4 25.8 7.7 1.2 7.9 6.8 ------------------------------------------------------------------------ クヘアc.utriculosa 0.2 0.8 0.5 25.4 3.5 26.4 30.7 ------------------------------------------------------------------------
現在の純良なソーダ石けん(固形石けん)の代表的なものは、牛脂・パーム油70〜90%+ヤシ油・パーム核油30〜10%でできています。脂肪酸の黄金比率といわれています。たとえばクヘアc.e10〜30%とクヘアc.u90%〜70%の組合せは、この黄金比率を満足するとみられます。ちなみに石けんの脂肪酸炭素数別の水への溶解度と生分解度は一致するものですが、その順序は次のようです。
C12>C10=C8>C14=C18:2>C18:1>C16>C18 ヤシ油>......ダイズ油>オリーブ油>牛脂>パーム油
上位のC12>C10=C8>C14までの脂肪酸は、要するにヤシ油脂肪酸そのものですから、水への溶解度・生分解性はヤシ油石けんが第一のものです。ヤシ油石けんにつぐ溶解度・生分解性は、リノール酸石けん(綿実油・ダイズ油・ラッカセイ油など)です。オリーブ油石けんはその組成からして溶解度はそう高くなく、気泡力・洗浄力が中心の脂肪酸ということになります。
<代替油脂クヘアの脂肪酸組成> ------------------------------------------------------------------------ カプ カプ カプ ラウ ミリス パルミ ステア オレ リノ リノ リン リル リン リン チン チン リン イン ール レン 酸 酸 酸 酸 酸 酸 酸 酸 酸 酸 ======================================================================= 炭素数 6 8 10 12 14 16 18 18-1 18-2 18-3 ======================================================================= ヤシ 0.4 7.7 6.2 47.0 18.0 9.5 2.9 6.9 0.2 ------------------------------------------------------------------------ パーム核 0.1 3.6 3.5 47.3 16.4 9.1 2.3 16.8 0.3 ------------------------------------------------------------------------ クヘアc.elliptica 1.3 48.4 25.8 7.7 1.2 7.9 6.8 ======================================================================== 炭素数 6 8 10 12 14 16 18 18-1 18-2 18-3 ======================================================================== 牛脂 4.1 31.0 18.2 41.2 3.3 ------------------------------------------------------------------------ パーム 0.2 1.1 43.1 4.5 40.7 9.7 ------------------------------------------------------------------------ クヘアc.utriculosa 0.2 0.8 0.5 25.4 3.5 26.4 30.7 ------------------------------------------------------------------------
クヘアc.ellipticaとクヘアc.utriculosaの組合せは、ヤシ油と牛脂の再現です。アメリカでは、すでに何年もの研究と実験がつづけられていますが、いまだ実用化の報告がありません。理想は理想のままであってはならないものです。可能性がすくなくとも、ハードルの高い目標はたもっていなければなりません。生態系を考えたら、伐採して負荷の少ない植物は、一年生草です。樹木でも、灌木のようなもので、1年で成長した枝のみ伐採してつかうというシステムなら余分な負荷もかかりません。1年分の枝をつかって材料を循環させていたのは、江戸時代の楮・三椏など、和紙の原料で有名です。
その一年生植物油脂の先に、おそらく微生物油脂というものがあります。油脂を採取できる微生物の脂肪酸組成は、多様性が特色であるクヘア以上のフレキシビリティをもつとみられます。ひるがえって、環境のためにするリサイクルは、リサイクルそのものがベストなのではありません。リデュース(削減)ののち、限りなくリユーススに近づいていくのがベターであり、本質的な着地点(ベスト)は、マテリアルリサイクルです。使用後の油(廃油)は、再び油脂にリサイクルされるというのが、マテリアルリサイクルの本来です。
資源はそのとき、最初の採取の段階から使用後まで、物質としてのすべてが内部に循環して外部へ排出されません。そこまでが不可能としても限りなく近づくためには、前提となる資源としての原料そのものが、負荷少なく栽培・採取できなければなりません。使用後の劣化も少なく、回復できる余地とそれを上回る技術が開発されていなければなりません。そうした条件をクリアできてようやく過不足のないリユース・リサイクルが可能になります。石けん原料の理想もそれであり、紙と同様バージンオイルである必要はなく、ただ純良な脂肪酸組成をもつことにおいて、バージンのものと変わりないものであるべきとされます。