石けんとのダイアローグ(補稿更新中) Anri krand くらんど
「水とはなにか(上平恒/講談社ブルーバックス)」が刊行されたのは1977年です。その後、1990年に「生命からみた水(同/共立出版)」、1998年に「水の分子工学(同/講談社サイエンティフィク )」が上梓されています。水の分子工学といわれるこの分野は、いろいろな意味で斯界の注目を集めてきました。水の学問であると同時に、溶液の化学であり、酸やアルカリなどのイオンの水和、アルコール類の水和、セルロース・アミノ酸・タンパク質などの疎水性物質の水和などの実証的な提起は、生体高分子の挙動に密接に関与するものとして、生命と水の深遠な関係をクローズアップしました。
イオンは正と負の水和をし、正の水和(ナトリウムイオンNa+)が純水の熱運動を減衰し、負の水和(カリウムイオンK+)がそれを増幅させるという事実も、電解質の性質にあらたな説明をくわえるものです。
また糖とくに単糖のグルコース(glucoseブドウ糖)の水との親和性というモチーフも秀逸な提起でした。
グルコースは、水のH基と水素結合しやすい5つのOH基をもち、水溶液はその1部のOH基が水のHと水素結合して、水を構造化することが知られています。この水の構造化という典型的な性質が、グルコースの水和のすぐれたオリジナリティーです。
構造化というのは、一般にはげしい熱運動をしている水分子を緩和させることもいいますから、先の電解質イオンの正の水和もその1つです。ただイオンは水分子を双極子としてあつかい、単糖の代表的存在であるD-グルコースは、それを水素結合の対としてあつかうため、本質的な構造化というべきものです。
水溶液下でいくつかの異性体を生じ(ピラノース型・フラノース型・開環型、α体・β体)、ピラノース型β体(62-64%)、ピラノース型α体(38-36%)くらいで平衡するといわれています。
OH基は一般的に分子面に並行に配向していて、そのOH基をe-OH基といい、たまに垂直に配向しているものをa-OH基といいますが、存在の確率4.6/5(下記参照)からは、ほとんどのD-グルコースがe-OH型ということになります。
一方水は、単独の水分子H2Oでのみ存在することはなく、単独も含む直鎖・側鎖と2〜6の多角形の群として存在するといわれています。これがクラスターですが、5つのOH基をもち、6角形の構造をもつD-グルコースは、水の多角形のクラスターの1部にピタリと沿うように格納されるといわれます。正確には格納されるのでなく、水をそのように再構成(構造化)して自ら格納するというのが、正しい表現かもしれません。いわば主体性の発揮です。
かっては、水の基本的なクラスターは、氷と同様六方晶形の構造をもつといわれ、そのために六角体をもつグルコースが、相似的に充填されるといわれましたが、最近の知見はそうでなく、鎖状のものとモノマー・トリマー・テトラマー・ペンタマー・ヘキサマーが、生成・消滅しながら平衡する状態が、水の実際的なかたちといわれています。一方で依然として氷様の六方晶体とモノマーとの組合せという説もあります。
いずれにしても、D-グルコース(DとLがあるが、天然にはDのみが存在)が、その水溶液中で水分子とよく水素結合する事実は確かであり、水を高度に構造化して、熱運動を大きく緩和させます。
そのダイナミックスは次のように計測されています。ダイナミックス(回転時間)の数値は、水分子単体に対する倍数ですから、水分子のダイナミックスは1です。
糖の周りの水分子のダイナミックス(25℃) ---------------------------------------------------- 糖 n(e-OH) nh 回転時間比 ---------------------------------------------------- デキオシリボース 1.4 6 2.9 リボース 2.1 6 2.82 フラクトース 3 6 3.75 グルコース 4.6 6 4.1 ---------------------------------------------------- 注)nh=周りの水分子配位数 回転時間比=回転時間/純水の回転時間 (生命からみた水)
いわば「動く水」を変容して「静かな水」をつくりだします。
本題ですが、この「静かな水」の具体的な意味は、1に保水作用です。自然の蒸散が少なく、その少ない度合が通常の水のそれの4.1倍であるという意味です。同じ単糖の姉妹といっていいフラクトース(果糖)がわずかな組成の違いにもかかわらず、3.75倍であるという事実からすると有為な性質というほかはありません。
ちなみにスクロース(蔗糖=ショ糖)はいわゆる砂糖のことで、グルコースとフラクトースの化合した2糖の物質です。単糖にはほかにガラクトースがありグルコースとガラクトースの2糖がラクトース(乳糖)で、グルコースとグルコースの2糖がマルトース(麦芽糖)で、2分子のグルコースが縮合したものがトレハロースです。
構造化という概念からすると、この世界でもっとも水に似ている物質がD-グルコースであるといってさしつかえありません。
さて、グルコース水「静かな水」の保水の具体的な機能ですが、皮膚上での保湿・湿潤 moisturに援用できることです。ただ保湿剤という概念が、これまで保湿作用moisturと皮膚軟化作用emollient、つまり水性分(水分を保つ)と油性分(水分の蒸散を防ぐ)の両方を意味していたことからすると、保湿ということばそのものが適当ではありません。
本質が、三価アルコールであるグリセリンや六価のソルビトールなどの吸湿性・保湿性と異なって(アルコールの水への溶解は糖とは異なります)、物質が皮膚上に作用するのではく、保水作用の高い(蒸発しにくい)水として滞留するだけです。
したがって保湿剤とはいわず「保水剤」ということにして、とりあえず、誰にでも手づくりできるシンプルな手づくり水の1例としてここに提示しておきます。
グルコース水溶液をつくり、スプレー容器に入れて吹きつけるだけですから、手づくりのレシピというほどのものではありませんが書いておきます。
グルコースは日本薬局方に収載されていますが、そちらは一般に出まわってはいません。最近市場に出てきているのは、形状の一定しないフレーク状のブドウ糖100%のもので、ドラッグストアと食品スーパーマーケットで販売されています。
フレークのグルコースを扱うのは、ピンセットをつかい(手を触れない)、1(0.5)gがきちんと測れる計量器を用意する必要があります。
グルコース水(容器200mlの例) (2002.8 A.Krand) ----------------------------------------------------------------------- グルコース(ブドウ糖100) 5g(2.5g/100ml) 精製水 200ml (好みによりエッセンシャルオイル極微量) ----------------------------------------------------------------------- *常温使用期限2週間内 (容器ごと振っていると、みるうちに溶けて透明になります)
濃度は2〜3%(平均2.5%)が適当です。5%濃度になるとべたつきが気になります。ちなみにグルコース溶液は、ブドウ糖注射液としても薬局方に収載されています。もちろん本質は栄養補給薬ですが、適用は5%液40〜1000mlを、2.4分から60分かけて静脈内注射するというものです。化粧品成分としては、他のソルビトールなどと同様、香味剤・保湿・湿潤剤・保水剤として収められています(単独ではつかわれません)。
体内に採り込んだ栄養は、おおまかには分解されて焦性グルコースになり、さらにクエン酸に転化、いわゆるクエン酸サイクルにのって体内のエネルギーになります。脳はグルコースのみをエネルギー源としていることもよく知られています。
物質としての安全性は、国際安全性カード(http://www.nihs.go.jp/ICSC/)で確認できますが、身体と環境へのハザード(被危険性)はまったくなく、皮膚刺激性もありません。クエン酸一水和物(結晶=一般市販品)も安全なものですが、それ以上に安全な物質といえます。
100mlくらいのスプレー容器に移して、何度か顔と手足にスプレーすれば、数時間は保水がつづきます(人によって差があるかもしれません)。10〜20mlの携帯用の容器を別に用意すれば、日のうち何度が更新できます。手のひらにスプレーしてから顔につけるほうが水玉ができにくくていいかもしれません。
ついでですが、グルコース水は、滴下用の100ml(くらいの)容器に入れてヘアスタイリングにもつかえます。理由は皮膚上と同様です。まず水で濡らしてセットし、すぐにグルコース水でセットします。セットといっても固くはなりません。水のみでセットした(濡れたような)しっとりした感覚が数時間、永つづきするだけです。
ちなみにスクロース水(蔗糖=砂糖水)は、髪に含ませるとパリッとしたセット感がでますが、溶解のシステムがグルコースと異なりますので、希薄濃度でしっとり感があってもグルコースとは別の感触のものです。
安全なものですが、特殊な例たとえばつよく加熱すると、分解されて有機酸を生じることがあります。5ーヒドロキシメチルフルフラール・レプリン酸・ギ酸ですが、高圧蒸気減菌法(121℃)では、温度と時間に比例して増大しますが、経時変化(3年)くらいのレベルです。注射液で利用する場合も、高圧高温ではなく蒸気減菌(100℃)が一般的のようです。
5ーヒドロキシメチルフルフラールの発生は、とくに強酸と強熱で起こるといい、pHは無関係ともいいますが、グルコースの最も安定的な溶液のpHは3〜4といい、異性体の生成が最も緩和なのはpH3〜7といいますから、酸性リンスの添加物などに利用することはあまり適当ではありません。
また安全なものといっても、過剰な濃度でつかったり、他の酸・アルカリその他の物質と併用するといったことは、リスク(冒危険性)回避のため不可とします。
すべからく、都合のいいところばかりではありません。通常使用のグルコース水でも難点が1つあります。場所によって虫がよってくる可能性です。グルコースはいわば生物の食餌の要素といっていいものですから、蜜の本体であるフラクトース(果糖)やスクロース(砂糖)ほどでなくとも、虫が誘われます。ハエも誘われます。
ハチは巣の防御を侵すものに攻撃をかけるものですから、忌避とは別の問題です(知らずにそばに寄らないことが原則です)。ともあれ、アウトドアでは使用しないほうがいいでしょう。
エッセンシャルオイルを入れるという手がありますが(先のレシピは香りづけのためです)、忌避に必要という1〜10%などという濃度のエッセンシャルオイルを、皮膚に吹きつけるべきではありません。衣類のすみにそっと染みこませておくなどの工夫は有効かもしれません。
手づくり水の1義的な目的が、皮膚の乾燥を予防するということなら、グルコース水は、目的にかなった、シンプルできわめて安全な手づくり水になります。
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